発表

1A-066

ネズミイルカ(Phocoena phocoena)の標的への接触行動に及ぼす視覚阻害の影響

[責任発表者] 前澤 知輝:1
[連名発表者・登壇者] 松石 隆#:1, 伊藤 精英:2, 梶 征一#:3, 角川 雅俊#:3, 河原 純一郎:1
1:北海道大学, 2:公立はこだて未来大学, 3:小樽水族館公社

目的
 ネズミイルカ(ハクジラ類)は水中環境に適応していく中で,視覚よりも聴覚に大きく依存すると考えられている。しかし,水中環境に適応した眼球構造を持ち,陸上哺乳類と比較して広範囲の視野をもつ(Kroger & Kirschfeld, 1993)。また,他種ハクジラ類では視覚により物体形状の弁別ができ(Tomonaga, Uwano, & Saito, 2014),餌の採餌時において重要な役割を持つことが考えられている。本研究は,ネズミイルカの標的への接触行動に対する視覚阻害の影響について検討した。行動の変容は遊泳軌道の変動および,標的に接触するまでの残り時間(τ)の数値を指標にした。τとは,接触までの時間的余裕を特定する情報であり,動物はこれを知覚し接触予測を行える(Lee, 1976)。本研究ではτの時間微分(τ-dot)の大きさが接触の強さの指標となることに着目した。τ-dotが0.5より大きいとき,接触が起こり,その値が0.5に近いほど標的の地点で停止するように減速が行われたことを意味する。
 予備的観察結果に基づいて,ネズミイルカは標的(餌)の地点で停止するように減速する行動をとることを予測した。ネズミイルカが視覚に依存していた場合,阻害条件下では接触制御が困難になり,τ-dotの値が0.5よりも大きくなると考えられる。また,行動の自由度が低下し,遊泳軌道の変動が減少すると予想した。

方法
被験体: 雄のネズミイルカ1頭
手続き: 実験は6×3.7 m(深さ1.9 m)の水槽で行った。標的(魚類)が呈示され,被検体が標的に接触する一連の行動を録画した。視覚阻害は実験前に実施し,被験体に吸盤状の目隠しを取り付けた(Figure 2)。阻害後5分程度の馴化猶予時間を設け,阻害を行わない統制条件を設けた。
解析: 水槽に直交座標を定義し,動画1フレーム毎に吻の位置座標を取得した。遊泳軌道の変動は,吻と標的を結ぶ直線の傾きの標準偏差(角度変動)および,遊泳軌道の直交回帰直線の残渣絶対値(逸脱度)の2つで評価した(Figure 1)。角度変動および逸脱度の値が大きければ,遊泳軌道は非直線的で変動が大きいと評価される。また,τ(距離と速度の比, < 0)とτ-dotの大きさを算出した。τの大きさは被験体が知覚する標的接触までの時間的余裕を,τ-dotの大きさは接触の強さの程度を反映する。

結果
 被験体の遊泳軌道をFigure 3aに,接触行動時における平均遊泳速度,τ,τ-dot,角度変動,逸脱度をTable 1に示した。Wilcoxonの順位和検定を行ったところ,視覚阻害条件では,統制条件と比べて平均遊泳速度は遅かった(W = 217.5, p < .001)。また,視覚阻害条件では統制条件より平均τの値が小さくなり(W = 383, p = .021),衝突までの時間的余裕を大きく知覚していたことが示唆された。τ-dotの値は視覚阻害で0.71,統制条件で0.62となり(W =791.5, p = .031),いずれも0.5より大きかった(t = 34.7, df = 108, p < .001)。すなわち,視覚阻害条件では統制条件に比べて,餌に接触する強さの程度が大きかった(Figure 3b)。また,視覚阻害では角度変動(W = 265, p < .001)と逸脱度(W = 180, p < .001)が小さくなり,軌道の変動は小さく直線的であった。

考察
 本研究の結果より,ネズミイルカは視覚阻害されると,接触行動を変容させたことがわかった。具体的には,平均遊泳速度が減少し,標的位置で静止するための減速制御の精度が低下した。 このとき,接触までの時間的余裕を大きく見積もっていたことが示唆された。また,遊泳軌道が非直線的となり,変動が小さくなった。これらの結果は,視覚阻害によって,身体運動制御に関する情報取得が阻害され,運動制御精度および行動自由度が減少したことを反映している。このことから,ハクジラ類は運動制御について視覚情報に依存する可能性が考えられる。すなわち,ハクジラ類において視覚は聴覚と一部の役割を相互に補っており,標的への接触予測や軌道変動に伴う進路変更といった機能に関わることが考えられる。

キーワード
視覚/移動/小型鯨類


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