発表

2B-061

他者表情の認知が情動に与える影響:抑うつ状態に着目して

[責任発表者] 中村 杏奈:1,2
[連名発表者・登壇者] 下山 晴彦:1
1:東京大学, 2:国立精神・神経医療研究センター

【序論】
 診断としてのうつ病と一般的な落ち込みには連続性が仮定でき(Ruscio & Ruscio,2000),病態理解やリスク予防の観点から,スペクトラムとしての「抑うつ状態」の理解は喫緊の課題である。他者の感情理解の苦手さは,対人ストレスと関連し,抑うつ状態に繋がることが指摘されるように(黒田, 2011),抑うつ状態の維持・悪化メカニズムの解明において他者の感情理解は重要な要素である。その中でも,他者の表情から気持ちや感情を読み取る際(表情認知)のネガティブバイアスは,うつ病者の特徴として繰り返し示されている(中村 et al., 2016)。Nakamura et al. (2018) は,健常者においても,抑うつ状態が強い人は悲しみへの感受性が高い(真顔や曖昧な表情に対して悲しいと判断する傾向が強い)ことを示している。表情認知と気分・情動の関連が指摘される一方で,その影響関係は未だ明らかになっていない。そこで本研究では,表情認知の課題の前後の情動の変化を測定することで,抑うつ状態が強い人が他者表情からどのような情動の影響を受けるかを明らかにすることを目的とする。
【方法】
対象 … 健常大学生23名(精神科的な現病歴・既往歴がある場合は除く)
感情評価課題 … 表情刺激を500ms提示した後,表情に見られた感情を「嬉しい〜悲しい」の8件法で回答を求めた。表情刺激にはATR顔表情データベースDB99を加工して使用した。喜び–真顔・真顔–悲しみの間に2段階(100%, 50%)の強さの表情を作成し,真顔を合わせた5種類の表情を用いた。各表情につき20試行,全100試行を行う。
手続き … 抑うつ状態(ベック抑うつ評価票; BDI-II)と自閉スペクトラム(自閉スペクトラム指数; AQ)を測定,感情評価課題を実施する。課題の前後には情動状態の測定(Positive and Negative Affect Schedule; PANAS)を行う。
【結果】
 抑うつ状態が強い人は,真顔に対して有意に「悲しい」寄りの評価をしており(r = .45, p = .03),健常者の抑うつ状態におけるネガティブバイアスの再現性が確認できた。次に,表情認知が情動に与える影響を検討した(図)。抑うつ状態が強い人は,表情認知課題によってポジティブ・ネガティブ両方の情動が喚起される傾向が見られた(ポジ: r = .41, p = .05; ネガ: r = .41, p = .05)。特に,自閉スペクトラムを統制すると,抑うつ状態が強い人はネガティブ得点が有意に増加していた(r = .56, p = .01)。以上から,抑うつ状態においては他者表情から情動,特にネガティブ情動に対して影響を受けやすいことが示された。
【考察】
 本研究は,抑うつ状態と表情認知のネガティブバイアスが関連することだけでなく,表情に晒されることが情動状態に影響することを示した。これは,抑うつ状態における表情認知のネガティブバイアスが,症状としての結果だけではなく,新たな抑うつ状態の維持・悪化の原因として悪循環を成している可能性を示唆するものである。一方で,本研究の限界として,表情認知のどの部分が情動に影響を与えているかは不明である。今回の結果の背景として,①抑うつ状態が強いほど表情をネガティブに捉えており,その結果ネガティブな表情からネガティブな影響を受ける,②抑うつ状態が強いほど表情の区別が難しく,それがストレスとなりネガティブ情動を強める,③他者の表情に晒されること自体がストレスであり,ネガティブ情動を強める,などの可能性が考えられる。今後,感情価を限定した課題での検討や,表情への回答を求めない受動的な提示課題での検討によって,これらの可能性を検討していくことができるだろう。本研究は,表情認知と情動の関係解明に資することで,抑うつ状態の維持・悪化メカニズムの理解を深め,ひいては抑うつ予防や支援に繋がるものである。
【引用文献】
黒田祐二 (2011). 対人関係の抑うつスキーマ, 主観的な対人ストレスの生成, 抑うつの関係 心理学研究, 82, 257-264.
Nakamura, A., Takizawa, R., & Shimoyama, H. (2018). Increased sensitivity to sad faces in depressive symptomatology: A longitudinal study, Journal of Affective Disorders, 240, 99-104.
中村杏奈・浦野由平・シュレンペル レナ・大井葉月・李智慧・下山晴彦 (2016). うつ状態における他者の表情認知についての研究動向と今後の展望 東京大学大学院教育学研究科臨床心理学コース紀要, 39, 17-24.
Ruscio, J., & Ruscio, A. M. (2000). Informing the Continuity controversy: A Taxometric Analysis of Depression, Journal of Abnormal Psychology, 109, 473-487.

キーワード
表情認知/情動/抑うつ状態


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