発表

1B-055

記憶の変容量を計測するための「記憶変容課題」の開発と妥当性の検討

[責任発表者] 甲斐田 幸佐:1
1:産業技術総合研究所

序論
私たちの記憶は変容しやすい。たとえば,ある質問の答えを数値で推定したあと,正答を知らされ,それを記憶すると,最初に答えた推定値は,正答に近い方向(順方向)に変容することが知られている(Bartlett, 1932)。具体的には,「マザーテレサは何歳で亡くなったでしょう?」という質問に対して,被験者は75歳と推測したとする。次に,被験者は「正答」である87歳を記憶する。一定時間後に「あなたが最初に推測したマザーテレサの亡くなった年齢はいくつでしたか?」と訊ねると,被験者の回答は,あとで記憶した「正答」に近い値(順方向)に変容する。本研究では,記憶の変容量を計測するための記憶変容課題(the memory change detection task, MCDT)を作成し,その妥当性を検証した。

方法
本研究では,MCDTに用いる質問項目を作成した。質問項目の作成にあたっては,下記の配慮を行なった。(1)数値で回答可能であること,(2)ほとんどの人が正答を知らないと考えられること,(3)英文で記載した場合に,国際的に意味の通じる内容であること。実験では,50問の質問項目を作成し,31名(平均23.4歳,標準偏差 ±3.09歳,範囲20-34歳)の被験者によって妥当性を検証した。その後,特に順方向への変容が生じやすかった質問項目を20問選定し,11名(平均22.3歳,標準偏差 ±1.56歳,範囲20-26歳)の被験者によって妥当性を検証した。被験者は,最初に質問の答えを推測した後,正答を記憶した。被験者は,正答率が100%になるまで,質問と回答を繰り返した。ただし,一度正答した質問は繰り返されなかった。被験者は,正答の記憶が完了してから4時間後に,最初に推測した答えを思い出して質問に回答した。

質問項目(20項目版の例)は,下記である。
(1)ヒトは話をしているときに何種類の顔の筋肉を使っているでしょう,(2)チーターの模様の水玉の数はいくつくらいでしょうか,(3)うさぎの歯は全部で何本でしょうか,
(4)ニッケル金属の融点は何度でしょうか,(5)バッハが亡くなったのは何歳だったでしょうか,(6)満月の明るさは太陽の明るさの何万分の1でしょうか,(7)象の歯は牙を除いて何本でしょうか,(8)ジェット機の飛ぶ速さで「マッハ1」といったら秒速何メートルでしょうか,(9)太陽の光が地球に届くまでの時間は何分でしょうか,(10)水星が太陽の周りを一回りするのに何日かかるでしょうか,(11)フラミンゴの最高齢は何歳でしょうか,(12)太陽表面で一番温度が低い黒点の温度は何度でしょうか,(13)バラク・オバマは第何代のアメリカ大統領でしょうか,(14)平均的なゴルフボールのくぼみは何個でしょうか,(15)星の明るさで1等星は6等星の何倍の明るさでしょうか,(16)チェスの駒は全部でいくつあるでしょうか,(17)モーツァルトの作品総

数は断片も含め約何曲でしょうか,(18)万里の長城は何キロメートルでしょうか,(19)ハレー彗星は約何年周期で観察できるでしょうか,(20)桜の木一本についている花びらはおおよそ何万枚でしょうか。

分析では,50または20項目中,推定値が変化した項目の割合を算出した。その際,回答の変化が正答側(順方向),正答とは反対側(逆方向)を区別して分析した。

結果
実験の結果,記憶してから4時間後には,回答数50問のうち51.3%が変化し,そのうち70.1%は順方向(正答に近い方向)に変化することが確認された(図1左)。この結果は,20問の短縮版でも同様であり,20問のうち37%が変化し,そのうち75.3%が順方向に変化した(図1右)。対応のあるt検定の結果,回答の変化は順方向に有意に生じやすいことがわかった(p < 0.001)。

考察
人間の記憶は曖昧であり,容易に変容する。本研究では,その記憶の変容量を簡便に計測するための「記憶変容課題(MCDT)」を開発した。分析の結果,50および20項目のどちらにおいても,記憶は順方向に変容しやすいことがわかった。記憶は,自分の都合のよい方向に変容しやすいことは,よく知られた事実である(Loftus, 2005)。今回開発されたMCDTを用いることで,記憶の変容に関わる状況や生理状態を,簡便にかつ定量的に調べることができると考えられる。

謝辞
MCDTの作成にあたっては,江村千佐氏の協力を得た。ここに感謝申し上げる。

キーワード
記憶/変容


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