発表

3A-051

長年の楽器訓練経験が高齢期の脳にもたらす影響:脳構造と機能結合解析による横断比較

[責任発表者] 山下 雅俊:1
[連名発表者・登壇者] 大澤 智恵#:2, 鈴木 麻希:3, 郭 霞:4, 貞方 マキ子#:5, 大塚 結喜:1, 浅野 孝平:1, 阿部 修士:1, 積山 薫:1
1:京都大学, 2:武庫川女子大学, 3:大阪大学, 4:熊本大学, 5:アムステルダム大学

目 的
 疫学研究では,楽器演奏は認知症のリスク低減に関係すると言われている(Verghese et al., 2003)。楽器演奏が脳に与える影響について,壮年期の音楽家を非音楽家と比較して,脳のいくつかの部位で音楽家の灰白質容積(Gaser and Schlaug, 2003)やワーキングメモリ(WM)課題中の脳活動(Bangert et al., 2006)の優位性が示唆されているが,高齢期の音楽家に関する報告はほとんどない。本研究では,65歳から81歳の音楽家と非音楽家の音楽能力,認知・運動機能,脳機能・脳構造の3つの指標を比較する実験を行った。

方 法
実験参加者 指先を使う楽器の訓練を15年以上行い,現在も継続中の音楽家30名(女性19名,平均年齢70.80歳,楽器訓練の平均継続年数46.40年)と,継続的な音楽経験のない非音楽家30名(女性17名,平均年齢71.40歳)が本研究に参加した。また,参加者は右手利きであり,聴力正常であった。なお,年齢や教育年数などの状態特性は両群で等質であった。
認知・運動機能検査 スクリーニングとして実施したMMSEのほかに,認知機能検査として言語流暢性検査,Trail Making Test(TMT-AとB),WMS-R(論理的記憶と視覚再生)を行った。音楽能力を調べるためにGoldsmiths Musical Sophistication Indexより,旋律記憶検査と音楽洗練性質問紙を実施した。手指の制御能力を調べるために,20秒間の指先タッピングとペグボード課題を実施した。
MRI計測 脳構造画像は3T MRI(Siemens)により撮像し,解析はVoxel based morphometry 12で行った。脳機能画像では,3音のピアノ音系列を次々に提示し,音系列が鳴り終わってから反応する聴覚WMの0 back課題と,現在の音系列が一つ前に聴いた音系列と同じかどうかを判断する1 back課題の遂行中の脳活動を3T fMRIにより撮像し,機能結合解析はFunctional connectivity toolbox 18bで行った。

結 果
認知・運動機能 音楽家と非音楽家の間で認知・運動機能成績をt検定で比較した結果,TMT-Bの所要時間(P = 0.024),言語流暢性課題で表出された語数(P = 0.036),旋律記憶検査における旋律の記銘正答率(P = 0.033),タッピング課題における右手(P = 0.001)と左手(P = 0.001)のタッピング回数で,音楽家の優位性が認められた。
脳構造 音楽家の両側小脳の灰白質容積は非音楽家よりも有意に大きかった(図1A, 左小脳:P = 0.021, FWE cluster level; 右小脳:P = 0.011, FWE cluster level)。さらに,群間差に基づき関心領域とした両側小脳では,音楽家の左小脳の灰白質容積は左手のタッピング回数と正の相関を示した(ρ = 0.38, P = 0.038)。
機能結合 脳構造解析により群間差のみられた両側小脳をシードとした聴覚WM課題中の機能結合を群間比較した。1 back課題中に非音楽家と比べて,音楽家は左小脳と右海馬に高い機能結合がみられたが(図1B, P = 0.034, FWE peak level),0 back課題では群間差はどこにもみられなかった。

考 察
 高齢期の楽器演奏者は,音楽的聴取判断能力や楽器演奏に含まれるタッピング能力だけでなく,実行機能においても非音楽家よりも優れていた。実行機能は加齢により低下しやすいが(Mitrushina et al., 2005),楽器訓練経験によってそうした低下を緩和できる可能性が示唆される。
 脳構造では,音楽家の両側小脳の灰白質容積は非音楽家よりも大きかった。壮年期の音楽家を対象とした先行研究とは異なり(Gaser and Schlaug, 2003),今回の高齢者の結果では,小脳でのみ楽器演奏訓練の影響が示唆された。さらに,左小脳の灰白質容積は,左手のタッピング回数と正の相関を示した。左小脳は,右視床を介して右運動前野・一次運動野に情報を送ることで,左手を制御する(Ghez et al., 2000)。このことから,音楽家は楽器演奏時に精緻に左手の指先を使うため,そのような経験をしない右手利きの非音楽家に比べ左指の制御が優れ,左小脳が発達し(Paquette et al., 2017),高齢期にも維持されるのかもしれない。
 音楽家は聴覚WMを利用する際には,非音楽家に比べて,左小脳と右海馬の機能結合が高いことがわかった。解剖学的には,左小脳の線維束は視床やレンズ核,側脳室下角周縁部の白質から内側側頭葉を介して側頭角下方へと投射し,左海馬に到達する(Arrigo et al., 2014)。また,DTI解析では,小脳の線維束が海馬に直接投射することも報告されている(Arrigo et al., 2014)。一方,機能的にはタッピング課題中に左海馬と右小脳の機能結合が高まることが報告されている(Onuki et al., 2015)。今回の結果と解剖学的結合との関係は明らかではないが,高齢期の音楽家は,音系列を運動情報に変換して記憶するため,左小脳と右海馬の間に高い機能結合が認められるのではないかと考えられる。
*本研究はJSPS科研費JP16H06325の助成を受けた。

キーワード
音楽家/小脳/機能結合


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