発表

2D-049

心の理論か、道徳的関心か?:宗教的信念と社会的認知能力の関連

[責任発表者] 石井 辰典:1
[連名発表者・登壇者] 渡邊 克巳:1
1:早稲田大学

 近年,宗教は進化・認知科学において重要なトピックになりつつある。例えば,ヒトに見られる大規模協力がどのようにして進化し得るかという問題は進化科学における最大級の謎とされるが,宗教はこの問題を解決する鍵になる可能性がある (e.g., Norenzayan et al., 2016)。また,なぜ神や精霊といった超自然的で宗教的な概念とそれに対する信念が,交流がないと考えられる複数の地域で通文化的・普遍的に見られるのかという歴史・文化人類学的な問題にも,宗教の認知科学は答えようとしている;宗教的信念は我々人間の持つ社会的認知能力,特に心の理論能力に由来するためであるとする仮説 (“心の理論仮説”) が提案され,検証されてきた (e.g., Ishii, 2017; Norenzayan et al., 2012)。
 ただし“心の理論仮説”に対しては,それを支持しない結果の報告も多い (e.g., Jack et al., 2016; Maji et al., 2017)。中でもJack et al. (2016) は,宗教的信念と親和性の高い“霊的・アニミズム的な世界観”を支える神経基盤 (the default mode network) は,それの低い“唯物論的・機械論的な世界観”を支える神経基盤 (the task positive network) と競合的な関係にあること,また前者は道徳的関心と後者は分析的思考とそれぞれ関連が深いことに基づき,宗教的信念を支えるのは社会的認知能力の中でも,心の理論ではなく道徳的関心であるとする“道徳的関心仮説”を提案している。実際彼らの一連の調査では,心の理論の測定指標と宗教的信念の関連は道徳的関心 (共感的関心 [Davis, 1983] で測定) を考慮することで消失しており,仮説を支持する結果が報告されている。
 本研究では,心の理論の指標と宗教的信念の関連を日本人青年を対象に示したIshii (2017) に基づき,果たしてこの関係性が道徳的関心を説明変数として投入することで見られなくなるかを3つの調査により検討した。もし“道徳的関心仮説”が妥当なら,心の理論の指標は宗教的信念を正の方向に予測するが,その指標と道徳的関心の指標の2つで宗教的信念を予測した場合には,道徳的関心の指標のみが宗教的信念を予測するだろう
【方法】
■参加者:上智大学の学生207名 (調査1),早稲田大学の学生156名 (調査2),クラウドソーシングを通じて集められた20〜72歳までの成人208名 (調査3) であった。
■測定尺度:宗教的信念の測定には,Ishii (2017) に基づき,自然物の擬人化尺度3項目 (池内, 2010:自然界に存在する巨岩や大木には,神が宿っていると思う等),スピリテュアリティ信奉尺度6項目 (坂田他, 2010:神仏の存在を信じている等),そしてNorenzayan et al. (2012) で用いられた神への信念尺度4項目 (困ったときは思わず神頼みをする等) の合計13項目が用いられた (α=.85〜.92)。心の理論能力の測定には共感化指数 (EQ; 若林他, 2006) が用いられた (α=.83〜.90)。道徳的関心の測定には,日本語版対人反応性指標 (日道他, 2018) の下位尺度である(共感的関心が用いられた (α=.71〜.81)。
【結果と考察】
 Jack et al. (2016) に基づき階層的重回帰分析を実施した。第1ステップで年齢と性別 (0 = 男性, 1 = 女性),第2ステップで共感的関心,そして第3ステップでEQをそれぞれ説明変数として投入した。“道徳的関心仮説”が妥当なら,第2ステップはモデルを有意に改善するが,第3ステップは改善しないだろう。なおEQと共感的関心の間の相関は.25〜.39であった。
■調査1:第1ステップでモデルは改善され (ΔR2 = .05, ΔF(1, 204) = 5.74, p = .004),女性の方が男性よりも宗教的信念が強いという性別の効果が認められた (β = .44, CI95% = [.17, .72], t = 3.31, p = .002)。しかし第2ステップ (ΔR2 = .01, ΔF(1, 203) = 1.96, p = .163),第3ステップ (ΔR2 = .001, ΔF(1, 202) = 0.19, p = .666) ではモデルは改善されなかった。
■調査2:第1ステップ (ΔR2 = .01, ΔF(1, 152) = 1.15, p = .320),第2ステップ (ΔR2 = .001, ΔF(1, 151) = 0.58, p = .448) ではモデルは改善されなかったが,第3ステップで改善された (ΔR2 = .03, ΔF(1, 150) = 4.92, p = .028)。この最終モデルでは,EQのみが正の方向に宗教的信念を予測した (β = .19, CI95% = [.02, .35], t = 2.22, p = .028)。
■調査3:第1ステップでモデルは改善され (ΔR2 = .04, ΔF(1, 205) = 4.50, p = .012),女性の方が男性よりも (β = .28, CI95% = [-.04, .59], t = 1.74, p = .083),あるいは年齢が高いほど (β = .02, CI95% = [.01, .03], t = 2.72, p = .007) 宗教的信念が強かった。そして第2ステップはモデルをさらに改善したが (ΔR2 = .08, ΔF(1, 204) = 19.39, p < .001),第3ステップはモデルを改善しなかった (ΔR2 = .002, ΔF(1, 203) = 0.40, p = .527)。この最終モデルでは,共感的関心のみが正の方向に宗教的信念を予測した (β = .29, CI95% = [.16, .42], t = 4.41, p < .001)。
■総合考察:3つの調査の結果は一貫しなかった;“心の理論仮説”に肯定的な結果 (調査2),“道徳的関心仮説”に肯定的な結果 (調査3),そのどちらも支持しない結果 (調査1) が得られた。この結果はいくつかの可能性を示唆している。第1は,社会的認知能力を宗教的信念の源泉とするのは無理がある,あるいは考え得るとしてもその影響力は小さいのかもしれない。今後は文化伝達的の側面も考慮する必要があるだろう (e.g., Willard & Cingl, 2017)。第2に,宗教的信念の測定を自己報告に頼ることは限界があり,それが一貫しない結果を生んでいるのかもしれない。今後は,超自然的行為者の存在を信じる傾向を測定する行動指標の開発などが必要であろう。

キーワード
宗教的信念/心の理論/道徳的関心


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