発表

1A-054

高齢者における嗅覚同定能力,嗅覚イメージ能力,主観的幸福感,自伝的記憶想起の関係性

[責任発表者] 山本 晃輔:1
[連名発表者・登壇者] 小林 剛史:2, 小早川 達:3
1:大阪産業大学, 2:文京学院大学, 3:産業技術総合研究所

目的
 日常,匂いとの遭遇を契機として,その匂いと関連する過去の出来事がふと思い出されることがある。このような現象は一般的にプルースト現象と呼ばれており,過去の出来事の記憶である自伝的記憶(autobiographical memory)を中心とした研究がこれまで行われてきた(e.g., Chu & Downes, 2000; Larsson & Willander, 2009; 山本, 2015)。従来の研究から,嗅覚的手がかりによって喚起された自伝的記憶は,言語ラベルや聴覚的手がかり,視覚的手がかりなどによって喚起された記憶よりも鮮明でかつ情動的であること(e.g., Chu & Downes, 2002)などの結果が報告されており,嗅覚刺激による自伝的記憶の独自性が示唆されている。
 嗅覚刺激による自伝的記憶の想起を規定する要因の1つとして,同定(identification)が挙げられる(山本, 2015)。Willander & Larsson(2007)によれば,嗅覚的手がかりによって自伝的記憶の想起を求めた際に,刺激の同定の有無,あるいはその正誤によって想起される自伝的記憶の様相が異なることが報告されている。嗅覚の同定能力には個人差があり,また加齢の影響を受けること(e.g., 斉藤ら, 2001)から,山本・小早川(2018)は,嗅覚同定能力の個人差と嗅覚刺激による自伝的記憶に加齢が及ぼす影響について検討した。その結果,若年者と高齢者ともに嗅覚同定能力の高い群が低い群に比べて鮮明でかつ快であり,感情喚起度の高い自伝的記憶を想起することが報告された。しかし,その認知的メカニズムについてはいまだ未解明な点が多い。
 そこで本研究では,高齢者を対象に嗅覚同定能力検査,主観的幸福感,ストループ検査,嗅覚イメージ能力質問紙,匂いへの気づき尺度を実施し,それらの関連性を検討することを通して,高齢者における嗅覚同定能力と他の認知能力との関連性を明らかにする。また,近年行われ始めた嗅覚刺激によるノスタルジー感情に関する研究(Reid et al., 2015; 山本・小林・小早川, 2019)に注目し,匂いによるノスタルジー感情の喚起の程度,匂いの快度,自伝的記憶の想起の有無に関するデータを収集し,上記の変数との関連性を検討する。

方法
 調査協力者 調査会社に登録している65から91 歳までの健常高齢者98名(平均75.53歳,SD=6.18)を対象とした。
 手続き 本研究は日本心理学会倫理規程に基づいて計画されたうえで,産業技術総合研究所における倫理審査の承認を受け,実施された。会場に集められた参加者に同意を得たのち,小集団で調査を開始した。まず,伊藤他(2003)による主観的幸福感尺度(4件法,15項目),箱田・渡辺(2005)による新ストループ検査Ⅱを実施したあと,予備調査から収集された17項目の匂い(例;みそ汁,ベビーパウダー)についてなつかしさが喚起される程度(「この匂いはどの程度なつかしいですか」),快度(「この匂いはどの程度快いですか」)をそれぞれVAS(Visual Analog Scale)で評価させた。また自伝的記憶の想起(「この匂いに関するエピソード(出来事)があれば簡単に書いてください」)についても自由記述を求めた。その後,匂いへの日常的な主観的気づきの程度を測定する中野・綾部(2014)によるOAS(Odor Awareness Scale),個人の主観的な嗅覚イメージ能力を測定する山本他(2018)によるVOIQ(Vividness Odor Imagery Questionnaire)を実施し,次いでOpen Essence(和光純薬工業株式会社)を用いて嗅覚同定能力検査を行った。調査時間は約90分であった。

結果 と 考察
 各尺度や検査結果の平均値およびSD,変数間の相関分析結果(Pearson)をTableに示す。相関分析の結果に注目すると,嗅覚同定検査成績とVOIQ,OASに有意な相関係数が示され,同定成績が高いほど嗅覚イメージや匂いへの主観的な気づきの程度が高くなることが示唆された。OASと主観的幸福感,またはVOIQ間に有意な値が確認され,日常における匂いへの主観的な気づきの程度が高いほど主観的幸福感,嗅覚イメージ能力が高くなることが示唆された。また,記憶の想起率と嗅覚同定検査成績の間にも有意な相関関係が確認され,同定能力が高いほど記憶の想起率が高くなることが示唆された。本研究結果から,高齢者における嗅覚同定能力とさまざまな認知機能との関連性の一端が明らかになった。
 さらに,匂い項目のなつかしさ評定について,VASの値を基準として順位を算出したところ,上位5位は「ベビーパウダー」,「キンモクセイ」,「赤飯」,「沈丁花」,「ぬか床」であった。17項目を独立変数としてなつかしさ評定を従属変数とする1要因分散分析を行ったところ,1位の「ベビーパウダー」と5位の「ぬか床」間には有意な差がみられなかった。すなわち,これら5種の匂いは高齢者にとっての「なつかしい匂い」である可能性が推測される。今後はこれらの匂いを刺激として用いた実験的検討を行う必要がある。

付記:本研究はJSPS科研費17K13924,16KT0011,産業技術総合研究所2017年度戦略予算の助成を受けた。

キーワード
嗅覚/高齢者/自伝的記憶


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