発表

3D-039

分裂線錯視: 格子錯視の一変種の報告とその知覚特性についての検討

[責任発表者] 松野 響:1
1:法政大学

研究の目的
 Hermann格子錯視を典型例として,水平垂直の格子線パターンを基本要素とする様々な錯視が知られている。例えば,Schraufら(1997)は,格子線パターンの交差点に円形パッチを配置することによって,円形パッチ上に黒点が観察される錯視を見出した(きらめき格子錯視)。本研究では,報告者がきらめき格子錯視の生起メカニズムについて検討する過程で発見した格子錯視の一変種について紹介し,その知覚特性について検討した9つの実験の結果について報告する。
 Figure 1のように,典型的なきらめき格子錯視図形の円形パッチ上に一本の短い線分を配置すると,適切な観察条件下ではきらめき格子錯視の黒い点状の錯視の生起が抑制される一方,視線移動にともなって一本線の線分がときに二重線であるかのように知覚される。このような錯視は,Hermann格子錯視やきらめき格子錯視同様,注視している点の近傍では生起しない一方,視線移動にともない視野周辺部において生じる。本研究は,この刺激の,格子線,円形パッチ,線分,の3つの構成要素を変調させ錯視の知覚強度を測定することで,錯視の生起に関わる要因を特定することを目的とした。
方法
 刺激は,水平垂直に等間隔に並ぶ5本の格子線と交差点中央のそれぞれにパッチと線分を配置した正方形(一辺視角17.6度)として白色背景上に呈示された。正方形上の幅0.6度の格子線,直径0.83度の円形パッチ,45度の傾きをもった0.58度長の線分から構成される刺激を標準刺激とし,各実験においていずれかの刺激要素を変化させた。実験参加者は,23インチTFTモニタ上に呈示された刺激を50 cmの視距離で観察し,7件法による錯視の強度評定をおこなった。
 実験参加者は,正常視力をもつ大学生64名であった。実験参加者のうち48名は2つの,16名は3つの実験に参加し,各実験の参加者は16名であった。本研究は所属機関の倫理審査委員会の承認を受け,実験実施前に各参加者から書面によるインフォームドコンセントを得た。
 実験1では,格子線および円パッチの有無の条件を,実験2,3では,交差点に配置するパッチの形態(円,正方形,ひし形)とターゲットとなる線分の方位の効果を,実験4では格子線の方位(0, π/4)と線分の方位(0, π/4, π/2)の相互作用を,実験5,6では格子線の幅(0.30-0.89度)と線分長の要因を,実験7,8ではパッチ幅(0.53-1.12度)と線分長の要因を,実験9では,格子線の輝度(1, 10, 25, 50 cd/m2)の要因を,それぞれ検討した。
結果
 実験の結果は以下の通りであった。第1に,錯視は,一様背景に線分を配置した場合や格子線のみのパターン,円パッチのみのパターンに比べて,格子と円パッチの両方があるパターンにおいてより強く観察された(実験1)。第2に,錯視の知覚強度はパッチの外形と線分の方位によって変調し,パッチが円形である場合,および,パッチが方形でかつ線分方位と方形パッチの辺の方位が等しい場合により強かった(実験2, 3)。第3に,他の格子錯視同様,格子線の方位によって錯視の強度に変調が見られた一方,格子線の方位と線分方位の一致不一致の効果は見られなかった(実験4)。第4に,きらめき格子錯視同様,格子線の幅とパッチの直径が一定の比になる際に錯視が最も強く観察された(実験5-8)。第5に,格子線の輝度に関しても,きらめき格子錯視同様,背景輝度に近い点(10 cd/m2)において錯視の知覚強度が強くなった(実験9)。
考察
 本錯視の知覚強度は,きらめき格子錯視と同様の刺激要素依存性を示した。このことから,本錯視の生起にも,きらめき格子錯視やHermann格子錯視の生起に関わるものと同様のメカニズムが関与していると考えられる。しかしながら,線分が分裂して見えるという本錯視の表現型は,コントラストの錯視として認識されてきた他の格子錯視とは大きく異なっている。本錯視が,それらの格子錯視と同様のメカニズムで生じていることを想定する場合,知覚コントラストの変調に焦点を当てた一連の格子錯視のメカニズムに関する議論を見なおす必要があるかもしれない。これまで,格子線の交差スポットに生じる錯視については,網膜における側抑制の機構や低次視覚野における方位選択性をもつ神経細胞の格子線に対する応答が関与しているのではないかと指摘されてきた(e.g. Qian et al., 2012)。本研究では分裂する線分の方位情報は,格子線ではなく,パッチの輪郭の方位情報と相互作用することも示唆されており,これらのメカニズムで直接説明することは難しい。格子線の交差スポットにおける錯視は,異なる視覚要素が重畳することによる処理過程間の干渉のメカニズムを想定すると統一的に説明できるかもしれない。
参照文献
Qian, K. et al. (2012). Attention, Perception, & Psychophysics, 74,1020-1032
Schrauf, M., et al. (1997). Vision Research, 37(8), 1033-1038.

キーワード
格子錯視


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