発表

2C-024

貧困に負けない力を育むためのshift-and-persist strategyプログラムの効果の検討

[責任発表者] 李 受珉:1
[連名発表者・登壇者] 中島 健一郎:1
1:広島大学

問題と目的
 社会経済的地位(socioecnomic status, 以下 SES)の低さは人々のさまざまな側面に対して悪影響を及ぼす。SESに伴う問題を解決するための手立てとして,shift-and-persist strategiesが有用である可能性が報告されている(Chen & Miller, 2012)。
  shift-and-persist strategies(以下, S-P)とは,shiftingとpersistingという2つの異なる認知・思考スタイルから構成される(Chen & Miller, 2012)。shiftingとは日々の生活で遭遇しうる苦境の良い側面について考え,それを自身にとっての脅威と考えないようにすることを指し,persistingとは,苦境の中で生きる意味を見出しつつ,自身の将来に対して希望を持ち続けることを指す。
 この点に関して,先行研究では,S-Pがともに高いことが低SES者の身体的健康を促し,高SES者と同じ水準の身体的健康を示すことを,身体生理的反応に着目した検討によって明らかにしている(Chen & Miller, 2012; Chen & McLean and Miller, 2015)。さらに,抑うつ傾向に着目したメタ分析により,低SES者のshiftingとpersistingが高いことが抑うつ傾向を顕著に低めることが示されている(李・戸谷・中島,2016)。
 以上の知見を踏まえ,本研究では低SES者の抑うつ傾向の改善を目的とした心理教育プログラムを開発し,その効果を検討する。
方法
調査参加者 大学生105名を対象とした。その内,71名を本プログラム介入群,34名を未介入の統制群として配置した。参加者の抽出は複数の授業において参加者募集用紙と質問紙の配布と同時に行った。質問紙ではSESとS-P,抑うつ傾向の測定を行った。さらに,実験参加に同意が得られた介入群71名を,ランダムに3つのグループに分けた(介入群1: shiftingのセミナーから行う群,介入群2: persistingのセミナーから行う群,介入群3: shiftingとpersistingのセミナーを同時に行う群)。
介入群 まず,参加者に対して実験の概要と実験への協力が自由意志であることを説明し,参加同意書への記入を求めた。その後,1~5名の小グループで実験室にて第1回目のセミナー(心理教育,ワーク)を実施した。また,次の第2回目のセミナーまでの2週間の間,1週間に1回のペースでリマインドメールを送った。メールの目的は,セミナーの中で学習したshiftingやpersistingの定義およびワークの内容を繰り返し想起させることであった。2週間後,第2回目のセミナーを実施した。セミナー終了後の2週間の間は,1回目と同様にリマインドメールを送った。さらに約4週間後にフォローアップテストを実施した。
介入群へのプログラム内容 介入プログラムはshiftingとpersisting,それぞれの心理教育とワーク,リマインドメールで構成される。shiftingとpersistingの心理教育では,ストレスフルな出来事への認知を変え,自身の将来に対する楽観性を維持するための工夫について説明した。心理教育を実施した後,それぞれの心理教育に関する簡単なワークを実施した。shiftingのワークについては,美木・大塚 (2011)の介入プログラムをベースに,Rachel et al., (2016)の指摘を踏まえ,過去にストレスを感じた出来事とその出来事を経験したときの気分や出来事のポジティブな側面について考え,記述させるという手続きを採用した。persistingのワークでは,長い人生において実現したい目標や夢と10年後の幸せだと思う自身の生活についての記述を求めた。この時,どうしても内容を受け入れられないものはそのままにしておいていいこと,無理のない範囲内で回答するように求めた。
結果と考察
 まず,介入群3つと統制群に対して3つのダミー変数を作成した。具体的には,「介入群1は1,その他は0」(ダミー変数1),「介入群2は1,他は0」(ダミー変数2),「介入群3は3,その他は0」(ダミー変数3)に設定した。次に,抑うつ傾向(shifting, persisting)のフォローアップテスト得点を目的変数,SESおよびダミー変数を説明変数とする階層的重回帰分析を行った。この際,ステップ1に抑うつ傾向(shifting, persisting)のプレテスト得点,ステップ2にSESとダミー変数,ステップ3に2要因交互作用項(SES×shifting, SES×persisting, shifting×persisting), ステップ4に3要因の交互作用項を投入した
(SES×shifting×persisting)。
 分析の結果,抑うつ傾向やshiftingの主効果が有意であった(抑うつ傾向: b = 0.671, t (96) = 8.615, p < .001, shifting: (b = 0.542, t (96) = 7.575, p < .001)。さらに,persistingにおいては,3要因交互作用が有意であった(介入群1: b = -0.298, t (81) = -2.003, p = .048, 介入群2: b = -0.730, t (81) = -3.861, p < .001)。単純傾斜検定の結果,SESが高く,shiftingの得点が低い場合,shiftingからpersistingの心理教育を行う介入群1がpersistingの得点を高めることが認められた。また,SESが低く,shiftingの得点が低い場合は,shiftingとpersistingの心理教育を同時に行う介入群3がpersistingの得点を低めること,一方で,SESが高く,shiftingの得点が低い場合はpersistingの得点が高めることが示された。
 以上より,次の3点が指摘できる。(1)SESの水準にかかわらず抑うつ傾向の改善は認められない。(2)高SES者においてshiftingとpersistingの心理教育の順序によってpersistingの教育効果に違いが表れる。(3)低SES者においては,心理教育によって本人のpersistingに悪影響が見られる可能性がある。これらの結果は,当初の想定とは異なるものの,将来の臨床応用における資料的な価値を有していると考えられる。

キーワード
社会経済的地位/格差社会/生きる力


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