発表

2A-030

筆記開示法における利用意欲の上昇:ポジティヴな感情・思考への内省

[責任発表者] 大石 彩乃:1
[連名発表者・登壇者] 大森 美香:1
1:お茶の水女子大学

目的
 感情の過剰な抑制は,身体へのストレッサー(Pennebaker, 1985)や交感神経活性化(Gross & Levenson, 1997)など様々な負荷を生む。一方,ネガティヴ感情を高頻度で開示すると,被開示者から拒否的反応を受けやすく(Coyne, 1976),開示した経験に関して未整理な記憶やネガティヴな評価を維持してしまう(遠藤・湯川, 2013)。即ち,感情制御は,心身の健康維持にとって重要である。
 筆記開示法(Pennebaker & Beall, 1986)は,感情制御に有効な自助的アプローチである。ストレス経験に関する感情や思考を繰り返し筆記することで,感情制御に対する自己効力感や情動知能の上昇(Kirk, Schutte, & Hinf, 2011)が得られる。
 近年,アプローチを利用する者自身が内容を十分に理解し納得した上で実施するというアドヒアランスの視点が重要視されている。筆記開示法のような自助的アプローチでは特に重要な視点である。本研究では筆記開示法を利用したいと感じる程度を利用意欲と定義し,筆記開示法のアドヒアランスを良質にする一環として,利用意欲がどのような条件下において上昇するのかを検討した。
 典型的な筆記開示法においては,ネガティヴ感情が上昇しやすい。ただ,ポジティヴな感情・思考に焦点化するとそのデメリットは生じにくい(Segal et al., 2009)。一般的に,デメリットの認識が弱いほど健康行動は増進する(Rosenstock, 1974)。即ち,副作用が生じにくいポジティヴな感情・思考の焦点化を行うと,利用意欲は上昇しやすいと考えた。

方法
 参加者 大学生42名(男性3名, 女性39名, 平均年齢19.79±1.52歳)が実験に参加した。本研究では,ストレス経験のポジティヴな感情・思考に焦点化した開示において,ネガティヴな感情・思考に焦点化した開示や自由開示との間で利用意欲の変動に差異が生じるかを検討することを目的とした。そこでSegal et al(2009)に従い,参加者を教示ごとにPositive群(N=14),Negative群(N=14),自由開示群(N=14)の3群に無作為に振り分けた。
 測度 現在最もストレスに感じていることに対し筆記開示法を利用したいと感じる程度を測定した(0-100)。
 また,筆記課題前後における感情状態を測定するため,日本語版The Positive and Negative Affect Schedule(PANAS)20項目(川人, 2011)を使用した(6件法)。
 手続き 参加者には,1日目から3日目まで連続で筆記課題に取り組むよう指示した。利用意欲・感情の測定のため質問紙に回答した後,20分間の筆記課題を行い,再び同じ質問紙に回答した。参加者は,調査者が渡したUSBメモリ内のファイルに文章をキーボード入力する形式で筆記課題を行った。
 倫理的配慮 本研究はお茶の水女子大学「人文社会科学研究の倫理審査委員会(承認番号:2017-133)」立教大学「現代心理学部心理学研究倫理委員会(承認番号:18-21)」による承認を受けて実施された。

結果
 筆記課題前後における利用意欲の変化を検討するため,利用意欲を従属変数とする3要因分散分析(3教示(Positive・Negative・自由開示)×2時点(課題直前・課題直後)×3日程(1日目・2日目・3日目))を行った。また,操作の確認のため,ポジティヴ感情・ネガティヴ感情についても同様の分析を行った。
 利用意欲は時点の主効果の効果量が中程度(F(1, 39) = 5.10, p=.030, ηG2=.36),教示と時点の交互作用の効果量が中~大程度であった(F(2, 39) = 3.22, p=.051, ηG2=.41)ため,単純主効果の検定を行った。結果,課題直後のみPositive群がNegative群より利用意欲が高く(p=.012),自由開示群はNegative群と比べ,課題直前も利用意欲がやや高かったものの,課題直後において更に差が大きくなり(課題直前:p=.053, 課題直後:p=.002),Positive群のみ課題直後は課題直前より利用意欲が高かった(p=.002)。
 ポジティヴ感情は,時点の主効果の効果量が大きく(F(1, 39) = 22.73, p<.001, ηG2=.76),日程の主効果の効果量が中程度(F(2, 78) = 5.04, p=.009, ηG2=.36),時点と日程の交互作用の効果量が大きかった(F(2, 78) = 10.71, p<.001, ηG2=.52)ため,単純主効果の検定を行った。結果,課題直前のみ1日目は2日目・3日目よりポジティヴ感情が高く(2日目:p=.006, 3日目:p=.001),1日目・2日目では課題直後は課題直前よりポジティヴ感情が低下していた一方(1日目:p<.001, 2日目:p<.001),3日目には低下が見られなかった(3日目:p=.789)。
 ネガティヴ感情は,日程の主効果のみ効果量が中程度F(2, 78) = 5.70, p=.005, ηG2=.38),多重比較の結果,1日目は2日目(p=.029)・3日目(p=.024)と比べて高かった。

考察
 ポジティヴな感情・思考に焦点化することは,筆記開示法の利用意欲を高めることが示唆された。
 3日目においてのみ筆記課題直後のポジティヴ感情が低下することなく,1日目以降ネガティヴ感情が低下したことから,筆記開示法を繰り返すことによる馴化のプロセス(佐藤, 2012)は適切に生じたものと思われる。一方,ポジティヴ感情・ネガティヴ感情ともに教示の主効果や他の要因との交互作用は見られず,筆記内容が教示に即したものになっていたかを確認する必要がある。

キーワード
筆記開示法/情動制御/内省


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