発表

1C-032

聴覚障害者の障害受容とアイデンティティに関する研究
―手話によるライフストーリー・インタビューを通じて―

[責任発表者] 山田 怜奈:1
[連名発表者・登壇者] 久藏 孝幸#:2
1:全日本ろうあ連盟, 2:札幌学院大学

1.問題と目的
 聴覚障害者は一人ひとり聴力の程度が異なることはもちろん,「ろう(聾)」「難聴」といった言葉を用いた自らの障害の位置づけや,その価値観も千差万別である(山口,1997他)。従来の聴覚障害者の障害受容研究は,中途失聴者や難聴者を対象としたものが多く,先天性もしくは早期の失聴者本人の障害受容の研究は少ない。本研究では,聴覚障害者への手話によるライフストーリー・インタビューを通して,「聴覚障害者は人生の中で自らの障害をどのように考え受け止めていくのか,その一連の体験は当事者にどのような影響を与えるのか」を考察し,先天性もしくは早期失聴者のアイデンティティ形成に必要な条件を検討した。
2.方法
協力者:20代男性1名。先天性の器官未形成により,乳児期から失聴状態。聴力程度は両耳100dB(全ろう)の状態で補聴器を装用している。小学校~高校を聾学校で過ごし,私立大学に進学した後,一般企業に就職した。両親は聴者で,姉は聴覚障害者。
調査時期:2018年8月,10月
協力者とは,事前に「卒論のテーマについて当事者の意見を聞きたい」という趣旨でお会いし,その際に簡単に内容の説明を行い,内諾を得た。その後,メールで協力依頼をした際に改めて研究主旨を説明し,インタビュー当日に書面と口頭で再度説明を行った。その上で「このテーマについて(①聴覚障害者は人生の中で,自分の特性(聞こえない,聞こえにくいということ)をどのように捉えていくのか,②聴覚障害者の自身の特性に対する意味づけは,人生の中でどのように変化していくのか)思いついたことを自由に話してください」と教示して手話を主とするライフストーリー・インタビューを行った。インタビューは小型全周カメラを用いて録画し,逐語記録化した後,発想法(川喜田・1967),TEM(複線径路・等至性モデル)(サトウ・2009)を用いて分析を行った。
3.結果
1)発想法による分析:56個の一行見出し,9個の小グループ,4個の中グループを生成
2)TEMによる分析:Aさんの人生の中で「実際に起こったこと」「可能性として起こり得たこと」「その人にとっての人生の分岐点」等を時系列で整理し,発想法で生成されたグループを関連する分岐点や事象に結びつけた。
 二つの分析結果から,Aさんの障害受容プロセスは,Figure1のようになると考えられた。
4.考察
 Aさんにとって障害は,幼少期に「気づいたらあったもの」であった。これは,Aさんの障害との向き合い方が,従来の障害受容研究の対象となってきた中途障害者に見られる「前はできたことができなくなった無力感・喪失感」を受け容れることとは異なるということを示していると考えられた。
 Aさんが人生の中で自分の障害を自覚したり,障害に対する価値観を変容させたりした際,いずれの場合も他者との関わり(障害受容の中の「社会受容」(南雲,2004)の側面)が大きな影響を与えていたと推察された。Aさんの場合,障害について思い悩む時期があり,その体験の後,人と出会うことが本人にとって視野の拡大に繋がるポジティブなものであったことが,本人の肯定的自己像の形成に影響していると考えられた。
 早期失聴のAさんは,「1.家族以外の他者との関わりがない幼少期は『聞こえないことが当たり前』 2.小学生頃,他者と自分の違いを感じ始める 3.社会の中で『少数派』である自覚を持ち始め,今まで当たり前だったことが『できないこと』として意識化され,戸惑い,葛藤する 4.同障の友人や姉との関わりにおいて,手話を知る 5.高校進学と同時に,同障の友人がさらに増え,人間の多様性や『ありのままでいい』ということを知る 6.大学等の社会に参入し聞こえる人と関わり,視野の広がりとともに,障害を個性として相対化して捉える自己を形成する 7.自己形成と同時に『聞こえる』という自分と異なる特性・文化を持った他者を肯定的に理解していく」という過程を経ていることがわかった。
5.まとめ
 先天性の聴覚障害者にとって他者との接触の機会は,自身の障害を自覚する契機となると考えられる。「マイノリティであるという自覚」は本人にとって大きなダメージとなり得るが,同時にそのダメージを修復(克服)し,新たな価値観を形成したり,聴覚障害者個人が,自分の希望する道を進むために行動を起こしたりするきっかけになるのもまた,他者との関わりが持つ力であると考えられた。
 本研究で,成年に至った当事者の障害認識には,聾文化と聴文化で二分される世界ではなく,大学や実社会の中に「文化や属性で分け隔てられることのない居場所」を発見し,そこに所属することで精神的安定を得ること,聞こえる人(異文化保有者)や同障者と関わって,相互理解・自己理解をアップデートすることが必要であり,かつ保障される要件であることが推察された。

キーワード
聴覚障害/障害受容/ライフストーリー・インタビュー


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