発表

3D-012

被医療者の精神疾患説明モデルに関する日本とカナダ間での文化的比較

[責任発表者] 春原 桃佳:1
[連名発表者・登壇者] 佐々木 淳:2, 山口 沙樹子#:3, 向後 そのら#:1, 緒方 春菜#:2, ライダー アンドリュー#:1,4
1:Concordia大学, 2:大阪大学, 3:McGill大学, 4:モントリオールジューイッシュ総合病院

【背景と目的】
 Kleinman (1980) は,人にはそれぞれ精神疾患や障害をどのように解釈し,対処するのかについての“説明モデル”があり,患者側の説明モデルである「病い(illness)」は,専門家モデルとしての「疾患(disease)」とは根本的に異なっていると提唱し,患者のニーズを知るには,患者の個人的な経験や内的世界など,病気にまつわる人間的側面,社会文化的背景に着目する必要があるとした。
 一方,Haslam (2003)は,世間一般のひとびとの精神病理の説明モデルは心の問題であると捉える「心理化」,生物医学的な問題であると捉える「医療化」,個人の能動的な選択やもともとの性格,モラルのなさが原因であると捉える「モラル化」の3つのモデルがあるというFolk Psychiatryを提唱した。例えば,うつ病を幼少期のトラウマが原因と捉えれば「心理化」,脳内の神経伝達物質の欠乏であると解釈するのであれば「医療化」,気が弱い性格や甘えていることが原因であると考えるのであれば「モラル化」となる。しかし,これらの3つの説明モデルは欧米の“ひとびと“を対象とした先行研究から提唱された理論的枠組みであり,欧米では特に「医療化」が主流であること,社会的要因(社会の仕組みや経済状況など)を問題と考える傾向または「社会化」が3つのモデルのなかに含まれていないなど,包括性を欠く。
 我が国ではこれらの概念に関連する研究や実践例はほとんどない。日本と欧米では精神疾患やメンタルヘルスに関するアプローチ,文化的価値観が違うことから,日本においての説明モデルも異なるであろうことが予想される。本研究では日本の文化的価値観に合った一般の日本人の精神疾患についての説明モデルを探索的に検討するとともに,比較文化的観点から日本とカナダにおいての国際比較調査を行った。
【方法】
 調査対象者は日本人の大学生69名(男性51名,女性18名),カナダ人の大学生64名(男性9名,女性55名)であった。平均年齢は日本20.35歳(SD=0.95),カナダ22.72歳 (SD=3.63) であった。本調査では各国の複数の臨床心理士,バイリンガルの研究アシスタントを含む研究協力者によって質問内容についての討論・翻訳を行い,ビネット(想定事例文)を作成した。調査対象者はうつ病,ひきこもりの架空症例(ビネットケース)に対しての印象(なぜビネットの登場人物がこのようなふるまい・症状に苦しんでいると思うか,原因は何か)を自由記述方式で回答した。各ビネットの記述内容の質的データを内容分析により解析した。従来,この研究テーマに置いてはFolk Psychiatryの3つの説明モデルの傾向や価値観を測る心理尺度が用いられた研究が主であったが,本調査では質的なアプローチの内容分析により日本文化特有の説明モデルや概念を探索することを目的にこの研究手法を用いた。統計処理にあたり,各ビネットの症状の原因に関する認識についてはWongら(2010)が作成したコーディングマニュアルを使用し,「心理化」「医療化」「モラル化」「社会化」に相当する回答を抽出し,回答数を合計してχ2検定による文化差の検定を行った。各説明モデル間の差についてはボンフェローニ法による多重比較を行った。
【結果】
 まず,Folk Psychiatryにおける3つの既存の説明モデルで文化差があるかどうかの分析を行った。うつ病のビネットにおいて,「心理化」「医療化」「モラル化」すべての説明モデルについて有意な差が見られ(χ2=65.67, p<.001, φ= .70; χ2=7.32, p<.01, φ= 24; χ2=9.66, p<.001, φ= .27),日本人はカナダ人よりもうつ病の原因について「心理化」および「モラル化」する傾向が強く,カナダ人は日本人よりも「医療化」する傾向が強かった。ひきこもりのビネットにおいては,「モラル化」のみ有意な差が見られ(χ2=5.29, p<.001, φ= .20),日本人はカナダ人よりもひきこもりの原因について「モラル化」する傾向が強い結果となった。質的分析によって,日本人のデータからはうつ病,ひきこもりの両方のケースにおいて,“教育システム”,“社会全体のメンタルヘルスリテラシーの欠如”,“社会的プレッシャー”,経済・雇用状況”など既存の説明モデルに当てはまらない,「社会化」に相当する回答も複数抽出された。
【考察】
 Folk Psychiatryの説明モデルの傾向は文化によって異なることが先行研究で示されているが,本調査により日本人が欧米人とは異なる説明モデルの傾向を呈することが初めて示された。特に,質的内容分析では既存の3つの説明モデルに当てはまらない,日本人特有の回答を抽出され,日本文化的価値観が精神病理の解釈に影響している可能性が示唆された。うつ病,ひきこもりのビネットの両方の解釈に「モラル化」は日本人に強くみられたが,日本と欧米では精神疾患に関する認識やスティグマ,治療の選択肢や医療システムの違いに依拠していると考えられる。多文化社会で多様化する患者のニーズに対応するには通文化的なよりよい説明モデルについて知る必要があると言えるだろう。
【参考文献】
Haslam, N. (2003). Folk psychiatry: Lay thinking about mental disorder. Social Research: An International Quarterly, 70(2), 621-644.
Kleinman, A. (1980). Patients and healers in the context of culture: An exploration of the borderland between anthropology, medicine, and psychiatry. Univ of California Press.
Wong, Y. J., Tran, K. K., Kim, S.-H., Van Horn Kerne, V., & Calfa, N. A. (2010). Asian Americans’ lay beliefs about depression and professional help seeking. Journal of Clinical Psychology, 66(3).

キーワード
説明モデル/比較文化/精神疾患


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