発表

3B-014

低酸素環境下ではリスキーな判断をしやすくなる

[責任発表者] 川上 直秋:1
[連名発表者・登壇者] 辻本 健彦#:1, 源 健宏:1
1:島根大学

問題
 近年,登山人気が高まっている。それに伴い,遭難などの登山中の事故も多くなり,最悪の場合命を落とすこともある。このような事態になるのは,登山という活動が我々の普段暮らす環境とは根本的に異なる環境下において行われる点にある。その環境の差異の一つは酸素分圧である。例えば,標高3000mの高地では平地と比較して酸素分圧が約30%も低下する。それによって血中酸素濃度が低下するため,頭痛や吐き気などを伴ういわゆる高山病などの症状も現れることがある。しかしながら,低酸素環境下における身体的・生理的変化については医学的な観点から豊富な知見があるものの,社会的認知の変化については報告が極めて少ない。
 それらの点も鑑み,我々は低酸素環境下において,人の社会的判断がどのように変化するかを実験的に検討した。特に,本研究では,低酸素環境下でのリスクテーキング行動に着目した。低酸素環境下においては,血液中の酸素濃度の低下,心拍数の上昇などの生理的変化が起きることが知られている。そのため,低酸素環境下においては脳への酸素供給が低下し,実行機能も低下するなど急性的な認知疲労を引き起こす(Asmaro et al., 2013; Turner et al., 2015など)。近年,実行機能とセルフコントロールとの関連が指摘されており,実行機能が低下することで熟慮的(統制的)過程よりも衝動的(自動的)過程が優位になるとされる(Hoffman et al., 2009など)。これらの知見を踏まえると,低酸素環境下においては,より衝動的,つまりリスク志向的な判断が増えることが予想された。
方法
 実験参加者 大学生・大学院生51名が参加し,低酸素条件か通常酸素条件のいずれかに割り当てられた。なお,本研究は所属機関の研究倫理委員会での承認を経て,参加者の安全面に万全を期した上で実験を実施した。
 手続き 常圧低酸素室において個別に実施した。参加者には,低酸素室で実験を行う旨のみを告げ,いずれの条件に割り当てられているかは教示しなかった。低酸素条件における酸素濃度は13.5%に設定され,自然環境下では標高約3600mに相当する。一方,通常酸素条件では平地と同程度(20.9%)であった。両条件とも,低酸素室へ入室から約60分経過後にリスクテーキング課題を開始した。課題には,Balloon Analogue Risk Task (BART; Lejuez et al., 2002)の自動化版(automatic BART; Pleskac et al., 2008)を用いた。BARTは,PC画面上に呈示される疑似風船を膨らませる課題であり,風船を膨らませる回数が多くなるほど,獲得できる賞金も多くなる。ただし,風船が破裂する回数はランダムに決まっており,その回数以上膨らませ破裂させた場合はその試行における賞金は獲得できない。そのため,目先の各試行で賞金を多く獲得しようとすれば風船を膨らませる回数も多くなり,風船が破裂する確率も高くなる。したがって,風船を膨らませる回数がリスクテーキングの指標となり,回数が多いほどよりリスク志向的な行動,少ないほどよりリスク回避的な行動を表す。本研究では,参加者ごとに計30試行実施し,それぞれの風船を膨らませる回数として1~128回まで設定した。参加者には,1回膨らませるごとに1円獲得できる旨を教示した。
 同時に,生理的反応として,パルスオキシメータによる血中酸素飽和度(SpO2)と心拍計による拍動を継続的に測定した。
結果
 酸素濃度の違いによる生理反応について,正しく計測できた参加者データのみ確認した。まず,低酸素室入室中における血中酸素飽和度の平均値を算出した。その結果,通常酸素条件の平均値は97.99%(SD=0.6),低酸素条件での平均値は86.52%(SD=2.05)であった(t(35)=23.84, p<.001)。また,低酸素室入室中における拍動の平均間隔を求めたところ,通常酸素条件の平均値は805.71ミリ秒(SD=100.59),低酸素条件での平均値は721.44ミリ秒(SD=80.48)であった(t(31)=2.65, p<.01)。したがって,低酸素条件の方が血中酸素飽和度が低く,拍動間隔が短い(=心拍数が多い)という低酸素環境における典型的な生理的反応が確認された。
 そこで,本研究の主要な指標であるBARTの結果を分析した。まず,風船を膨らませた回数の平均値について,低酸素条件と通常酸素条件で比較した。その結果,低酸素条件は72.58回(SD=11.27),通常酸素条件は57.59回(SD=11.07)であり,有意に低酸素条件の方が多かった(t(49)=4.79, p<.001)。また,最終的な獲得金額については,低酸素条件は742.77円(SD=121.95),通常酸素条件は823.00円(SD=107.33)であり,有意に通常酸素条件の方が多かった(t(49)=2.49, p<.05)。
考察
 以上の結果より,低酸素環境下において人の判断はよりリスキーなものになることが示唆された。しかしながら,そのリスキーな判断は最終的な利益に必ずしも結び付いていない点は注意すべきである。つまり,試行ごとの短期的な利益を重視して風船を膨らませる回数を多くするというリスキーな行動をとる一方,そのリスキーな行動の積み重ねは長期的な視点で見れば合理的とは言えないものになっている。低酸素環境下においては統制的過程が弱まり,衝動的過程に依存しやすいというセルフコントロールの低下が生じるため,このようなあまり合理的とはいえない行動が顕在化しやすいものと考えられる。以上より,本研究は,低酸素環境下における社会的認知の変化の一端を明らかとしたものと捉えられる。実践的な視点から見れば,登山などで高地で活動する際は,自分の直感的な判断を過信せずにいつも以上に慎重な姿勢で臨むことが必要であろう。

キーワード
低酸素環境/リスクテーキング


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