発表

2B-022

功利主義に基づく排斥の行使
社会的痛みの抑制プロセスに着目して

[責任発表者] 玉井 颯一:1
[連名発表者・登壇者] 五十嵐 祐:2,3
1:高知工科大学, 2:名古屋大学, 3:メルボルン大学

問題と目的
 集団から他者を孤立させる排斥は,人間社会において広く行使されているが,多くの社会的文脈では反規範的な処遇とみなされている (Kerr et al., 2005)。また,排斥を行使した個人は,その後,強い心的苦痛(社会的痛み)を経験する (Legate et al., 2013; Poulsen & Kashy, 2012)。それでは,排斥の行使に社会的痛みを感じるはずの人間が,なぜそれを乗り越えて排斥を行使してしまうのだろうか。本研究では,排斥の行使に際して,排斥を正当化し,社会的痛みを抑制するプロセスが発動すると予測し,検討を行う。
 Greene et al. (2004) は,道徳的ジレンマ状況において,個人は罪悪感や恥などのネガティブな感情をデフォルトで感じるが,集団全体がどの程度の利益を得られるのかという功利主義的な推論を行うと,情動的な反応は抑制されると論じている。本研究では,この議論を踏襲し,集団全体の利益量の最大化を目指す功利主義が排斥を正当化する動機となると予測する。具体的には,個人が功利主義に基づいて排斥を行使するのか,また,功利主義に基づく排斥の行使が社会的痛みを抑制するのかを検討する。
方 法
 実験参加者 クラウドソーシングサービスに登録している成人ワーカー101名(女性67名; 平均年齢41.24歳; SD = 10.30)を対象としたオンライン実験を行った。
 実験課題 参加者は,メンバー同士が協力して資源を獲得している5名(A, B, S, L, 参加者 (You))の集団の一員であり,資源の減少に伴い集団のサイズを小さくしなければならない状況にあると教示された。実験では,資源獲得におけるSとLの貢献度(0~100)をグラフにより示し,参加者はSとLのどちらの人物を排斥するかを選択した。SとLは, (a) 集団に多くの資源をもたらすが,参加者個人にはわずかな資源しかもたらさない “utilitarian” か,(b) 参加者個人に多くの資源をもたらすが,集団にはわずかな資源しかもたらさない “benefactor” のいずれかであった。参加者は排斥の対象者を決定した後,社会的痛みを6件法(「1. まったく痛くない」~「6. 最悪の痛み」)により回答した。実験は,以上の手続きを1試行として,全40試行で構成されていた。
結果と考察
 排斥の対象者の選択に影響する要因を明らかにするため,排斥の対象者 (0 = utilitarian,1 = benefactor) を目的変数とする一般化線形混合モデル (link logit) を用いた分析を行った。固定効果として,参加者の性別,年齢,各試行でutilitarianとbenefactorが集団 (πTotal = πYou + πA + πB) と参加者 (πYou) にもたらす資源量の差(ΔπTotalとΔπYou)を投入し,変量効果として,参加者と試行ごとの分散を推定した。分析の結果,ΔπTotalに有意な正の効果 (Figure 1A),ΔπYouに有意な負の効果が見られた (Figure 1B)。
 さらに,排斥後の社会的痛みの規定因を検討するため,社会的痛みを目的変数とし,排斥の対象者のπTotalとπYouを固定効果として投入した線形混合モデルによる分析を行った。その結果,集団全体により多くの資源をもたらす人物を排斥した場合に,より強い社会的痛みが生起することが明らかとなった (Figure 2A)。一方,参加者にもたらす資源量の効果は有意ではなかった (Figure 2B)。
 以上より,個人は集団全体の利益の最大化を重視する功利主義に則って排斥の対象を選択していることが明らかとなった。政治を題材とした意思決定においては,公共の福祉(=全体の利益)を増進させる政策が支持されやすい (Funk, 2000),本研究は,こうした功利主義的な基準が,排斥のように反規範的と見なされやすい状況にも適用されることを明らかにした。さらに,集団全体の利益追求によって,排斥後の社会的痛みが抑制されるという結果は,功利主義的な価値判断が排斥の行使に対する「鎮痛剤」となることを示唆している。ただし,本研究の結果が,排斥に固有のものであるかは議論の余地が残る。今後は,他者に制裁を与える際の個人の心理プロセスを検討し,本研究と同様の結果が得られるのかを検討する必要がある。

キーワード
排斥/功利主義/社会的痛み


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