発表

2B-010

原発事故に関連する放射線不安はなぜ消えないのか
行動免疫システム仮説からのアプローチ

[責任発表者] 筒井 雄二:1
1:福島大学

【目的】
 2011年3月に発生した東京電力福島第一原子力発電所の事故の直後から,我々は福島県内の低線量放射線汚染地域で生活を続けてきた母子における放射線に起因すると考えられる心理的影響について調査を行ってきた。放射線不安や心理的ストレス反応は,事故からの時間経過に伴う低下がみられたが,事故から5年が経過して時点でも,放射線の影響をほとんど受けなかったと考えられる他県の母子に比べると,福島の母子の放射線不安や心理的ストレスは高い状況が続いていた。チェルノブイリ事故から30年後に我々がウクライナで実施した,チェルノブイリ事故に関連すると考えられる心理的影響に関する調査によれば,事故当時,小さな子どもの母親であった現在50歳代の女性は,事故から30年以上が経過しているにも関わらず事故に関連する心理的影響が続いており,30歳代の女性や,男性に比べて精神健康状態が悪い状況が続いていた。このように,原発事故による心理的影響は長期にわたり影響を及ぼし続けるとするならば,福島県の低線量放射線汚染地域で暮らす人々にみられた心理的影響も,今後,長期間に及ぶ可能性が考えられた。
 人間は健康を害する可能性のある毒物や化学物質,あるいは放射能から行動的に忌避するメカニズムを生得的に有していることが指摘されている(Schaller & Duncan, 2007)。この仕組みは行動免疫システムとよばれ,本来は有害なものを怖がらせ,そこから我々を遠ざけることで,結果的には我々の生存を助けるメカニズムとして機能している。しかし,その一方で,行動免疫システムが不安やストレスを喚起する仕組みであると考えるならば,原発事故に関連する心理的問題の誘発にも関わっている可能性が考えられた。本研究では,低線量放射線被ばく地域の住民の原発事故に関連すると考えられる心理的影響と行動免疫システムとの関連性について検討したので報告する。

【方法】
 福島県内で暮らす小学生,幼稚園児,または保育園児の母親462人,および東京都内で暮らす小学生,幼稚園児,または保育園児の母親688人を対象に,WEB上で質問紙調査を実施した。質問紙は回答者の性別,生年,年齢,最終学歴,東日本大震災当時と現在の居住地,避難の状況,子どもの人数や年齢,居住地周辺の空間放射線量などを質問するフェイスシートのほか,放射線不安評価尺度(筒井ら,未発表),原発事故後の福島で生活する母親と子どものストレス評価尺度(筒井ら,未発表),放射線健康不安尺度(川上,2014),情報リテラシ尺度(楠見ら,2009),感染脆弱意識尺度(福川ら, 2014)から構成された。
 放射線不安評価尺度は「洗濯物を外で干す」「食品を購入する際,食品の産地を気にしている」「子どもに外遊びや散歩をさせる」など6項目から構成され,「いつも気にしている」から「まったく気にしていない」までの3件法で回答させた。原発事故後の福島で生活する母親と子どものストレス評価尺度については母親版を使用した。「いらいらしたり,腹が立つ」「気分が落ち込んでしまう」など8項目から構成され,「よくある」から「まったくない」までの4件法で回答させた。放射線健康不安尺度は「将来,放射線の影響で深刻な病気にかかるのではないかと心配している」「体の具合が悪くなるたびに,放射線を浴びたせいではないかと不安になる」など7項目から構成され,「とてもそう思う」から「まったくそう思わない」までの4件法で回答させた。同尺度は放射線に対する危険知覚の側面を評価していると考えられるため,本研究では同尺度によって得られた得点を放射線危険知覚得点として使用する。情報リテラシ尺度は「新聞や報道番組の内容をいつも批判的にみている」「テレビや新聞をみていて伝え方が公平でないと思うことが多い」など5項目から構成され,「あてはまらない」から「あてはまる」までの5件法で回答させた。感染脆弱意識尺度は「口に手をあてずにくしゃみをする人とは,一緒にいたくない」「誰かと握手したあとは,手を洗いたくなる」など15項目から構成され,「非常にあてはまらない」から「非常にあてはまる」までの7件法で回答させた。

【結果と考察】
 心理的ストレスや放射線不安など原発事故に関連すると考えられる心理的問題は,放射線に対する危険知覚や居住地周辺の現在の空間放射線量率に関する知識,そして個人特性としての感染脆弱性と関連すると仮定し,共分散構造分析を行った。分析の結果,感染脆弱性や放射線の状況認識は,いずれも放射線危険知覚のレベルに影響を及ぼし,放射線危険知覚の高い人ほど心理的ストレスや放射線不安が高いことを示していた。
 このことから,原発災害に起因すると考えられる放射線不安や心理的ストレスは,放射線に対する危険知覚と密接に関わっているが,放射線に対する危険知覚の高さを左右する要因の一つとして,個人特性としての感染脆弱性の高さが関係していることが示唆された。感染脆弱性が生得的な個人特性だとするならば,それを容易に変えることは難しいかもしれず,従って感染脆弱性が高い被災者は長期間にわたり原発災害による心理的影響を受ける可能性があると考えられた。

【謝辞】
 本研究はJSPS科研費 17H02622の助成を受けた。

キーワード
原子力災害/東日本大震災/心理的影響


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