発表

2B-007

日本と欧米のコミュニケーション方略における「誠実」の違い
ハーバーマスの理論との対比

[責任発表者] 木下 哲生:1
1:防衛大学校

1.日本人のコミュニケーション方略の特徴
木下(2019)から,日本人のコミュニケーション方略について,以下のことが明らかになったと考えられる。第一点:日本人は,お互いの好意をあてにしつつ行動する「甘え」の関係を,疑似血縁関係の「世間」で円滑に継続していけるよう, 「義理」と「遠慮」を用いて相手の好意を引き留めると同時に,自分に与えられた責任範囲を「誠実」に,つまり「一生懸命」に果たそうとすることで,お互いさまという平等意識を作り出し,それによって世間の中の「和」を保とうとしている。和を保つことで各成員には集団から利益がもたらされる。それが和を保とうという意識につながる。第二点:日本社会で「誠実」すなわち「一生懸命」ということは,「分を尽くし分を守る」ということであると思われる。「分」とは「属する集団内において他の成員から認められたその個人の行動の責任範囲」として各成員に分配され,「分を尽くし分を守ろう」とすることで甘え合いによる共倒れ を防ぐとともに,それが「平等意識」という「和」を支える要素を生み出すことになる。以上のことから集団における「和」を保つために重要なのは「誠実」によって生み出される「平等意識」であることが言える。つまり,日本人のコミュニケーション方略にとり「誠実」だけがよりどころとなっていると考えられる。
2.研究の目的と方法
 本研究は,上記の日本人のコミュニケーション方略と欧米で標準とされるコミュニケーション方略との相違を「誠実」という観点から明らかにすることを目的として行われた。方法としては,ユルゲン・ハーバーマス(Jürgen Habermas)の「コミュニケーション的行為」を用いて,「誠実」が日本人と欧米人のコミュニケーション方略においてそれぞれどのように扱われているかを対比することにする。
3.ハーバーマスの理論における「誠実」
 ハーバーマスは「発話行為の最も重要な機能は,複数の個々の行為者の行為を調整し,相互行為が整然とした争いのない形で進展しうるような,眼に見えない道筋を与えること」とし,自身の「コミュニケーション的行為」を「普遍的語用論」と呼び,コミュニケーション的行為における意志疎通の普遍的条件を探究した。それは(1)ある共時的な世界における,(2)何かあるものについて,(3)コミュニケーション参加者が意志疎通し合う,その理想的な姿を追求した。それは,発話行為が,対話者たちの間にある1つの共有された相互主観的なコンセンサスを作り上げるものとされ,コミュニケーション的行為とは,言語を媒体として,相互に自分の主張に関する,真理性・正当性・誠実性の3つの妥当要求を掲げ,その納得した上での了解を求め合う行為とされている。真理性の妥当要求とは,自分の発言は真である,ということ,そして正当性の妥当要求とは,自分の発言は社会規範的に正しい,ということ,さらに誠実性の妥当要求とは,主観的な気持ちを誠実に打ち明けている,ということを指すとされる。
話し手はこの3つについて,聞き手のコンセンサスを得るために,しかるべき理由を提示できることが必要とされている。聞き手が話し手の妥当要求を納得して受け入れた場合,両者コンセンサスに達し話し手の希望通り聞き手が自分の行為を調整する。聞き手が話し手の妥当要求を退けた場合,ハーバーマスは「討議」という状況に移行するとしている。この討議とは,両者の主張について,語り,行為する能力を持つすべての人が討議に参加して,公開討論を行い,3つの妥当要求に基づき参加者全員のコンセンサスを目指すもの,とされている。
4.結論:日本のコミュニケーション方略における「誠実」との相違
 日本のコミュニケーション方略と異なり,ハーバーマスの理論によると,コンセンサスの成立に必要なのは,真理性,正当性,誠実性,この3つの妥当要求とされており,「誠実」は1/3でしかないことに大きな違いが見られる。コンセンサスが得られなかった場合は「討議」という状況に移行するというプロセスも,日本の方略には見られないことが分かる。
 以上のことから考えられるのは,日本の方略における「誠実」とは,同一集団内における「和」を保つための「誠実」であり,ハーバーマスの理論における「誠実」とは,同一集団の成員ではない外部の人々を説得するために必要な3つの妥当要求「真実性・正当性・誠実性」の一つに過ぎない,ということである。
引用文献
木下哲生(2019)「「分を尽くし分を守る」ということ 日本の「世間」において「分」の果たす役割―」『比較文化研究』No.136(2019.6.30刊行予定)。
ハーバーマス,ユルゲン(著),藤沢賢一郎他(訳)(1985-7)『コミュニケイション的行為の理論(上)(中)(下)』未来社(上1985,中1986,下1987)(Habermas, Jürgen, Theorie des Kommunikativen Handelns, Suhrkamp Verlag, Frankfurt/Main, c1981.)。

キーワード
誠実/日本と欧米のコミュニケーション方略/ユルゲン・ハーバーマス


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