発表

2A-012

排斥行為を傍観する動機によって罪悪感は異なるか?

[責任発表者] 垂澤 由美子:1
1:甲南女子大学

問題
 森田・清水(1994)は,いじめ集団の四層構造論を提唱し,いじめっ子といじめられっ子の2者だけでなく,それらを取り巻く「観衆」や「傍観者」の存在と作用も捉え,集団構造的に問題解決を探るべきだと主張した。
 この四層の中では,傍観者層がいじめ抑止への主体者となる可能性が大きい(蔵永・片山・樋口・深田,2008;元・坂西,2016)。時には現われる「仲裁者」は傍観者層から分化したものとされるが,一般的に傍観者層は集団の多数を占めている(森田・清水,1994)。一口に傍観者といっても,その思考傾向や傍観の動機などは様々である可能性が予想される。
 餅川(2011)は,いじめを傍観した理由により,傍観者を「無関心型」,「関係拒否型」,「自己防衛型」という3タイプに分けた。この説には,田中(2010)の調査結果の各1項目が援用されている。他方,いじめの傍観者が何らかの行動を起こさない理由として,「事態の肯定」や「被害者への責任帰属」などの6因子が抽出されており(大坪,1999;山崎,1996),たった3項目で傍観者タイプを測定するのは尺度の信頼性・妥当性の問題が大きいのではないだろうか。
 そこで本研究では,いじめや嫌がらせを傍観する理由を収集し,多変量項目への回答結果をもとに傍観者タイプの細分化を試みる。また,傍観行動に対する罪悪感や一般的感情(小川・門地・菊谷・鈴木,2000)を測定し,感情と傍観理由との関連や傍観者タイプによる感情の違いについても検討する。
予備調査
 目的 排斥行為を傍観する理由を大学生から収集する。
 方法 女子大生35名に自由記述式による回答を求めた。
 結果 全部で107項目の回答が得られ,類似性に基づいて整理したところ,25グループに集約された。これに調査者が5項目を加え,30項目を本調査で用いることにした。
本調査
 目的 30項目の傍観に徹する理由から因子を抽出し,それらの因子と罪悪感などの感情との関連を調べる。また傍観に徹する理由への回答傾向から回答者を分類して,それらのグループ間で罪悪感などの感情が異なるかの検討も試みる。
 方法 女子大生115名に,第三者の傍観行動の理由への共感(30項目),自分自身の傍観行動への罪悪感(1項目)と一般的感情(24項目)について,段階評定を求めた。
 結果 傍観行動の理由に関する項目について因子分析を行った結果,3因子解が妥当と判断された(表1,累積説明率56.27%)。その3因子とは,様々な理由で傍観は正しいと捉える「正当化」と,事態を好転させる力が自分にないと考える「無力感」と,問題に関わりたくないとする「関係拒否」であった。3因子間には中程度の相関があった。3因子をもとに尺度得点を算出し,Ward法による階層的クラスター分析を試みたが,各尺度の得点が共に高いか低いかというクラスター化しか得られなかった。尺度間相関(表2)については,傍観を正当化する人ほど罪悪感は弱く,また問題に関わりたくないと思う人ほど罪悪感は弱かった。また,傍観を正当化するほど肯定的感情が高くなる一方,否定的感情は低くなっていた。その他の尺度間には関連は認められなかった。
考察
 本研究では排斥行為を傍観する理由について3因子が得られた。用いた項目は本研究とは異なるが先行の大学生対象の調査でも(藤村,2018),3因子(いじめへの無関心,いじめへの恐怖感,いじめへの肯定感)が得られており,大学生は小・中学生よりも傍観理由の認知が集約的になる可能性がある。また本研究では,餅川(2011)のいう複数の異なる傍観者タイプは示されず,傍観に徹したいという気持ちの強弱こそが傍観者間にある個人差で,その気持ちが強い人ほど複数の理由付けをする,ということが示唆された。さらに,傍観の正当化は,その人自身の心の安泰を保つのに役立っており,何よりも正当化の認知をもたせないことが,傍観者を傍観者のままで終わらせない,つまり問題解決の主体者へと転換させていくためには重要と考えられる。
 注)本研究は久池井千佳の卒業研究(2019)のデータを再分析したものである。

キーワード
傍観者/罪悪感/いじめ


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