発表

1C-010

クリティカルシンキングの社会的・対人的有用性の検討
共感の正確さとの関連から

[責任発表者] 矢澤 順根:1
[連名発表者・登壇者] 古川 善也:2, 中島 健一郎:1
1:広島大学, 2:愛媛大学

 問題・目的
 クリティカルシンキング (以下CT) とは,「適切な基準や根拠に基づく,論理的で,偏りのない思考」と定義される (楠見・道田,2015)。情報を手軽に入手できる現代では正しい情報を取捨選択していくことが求められるため,CTの獲得は誰にとっても重要である。しかし日本では,他者に対してCTに基づく発言をすることを良しとしない社会的規範があり,CTの獲得機会が阻害されやすい (cf. 廣岡・小川・元吉, 2000 )。これは,CTの有用性が十分に理解されていないことが原因であると考えられる。他者との関係を重視する相互協調的自己観が優勢な日本 (Markus & Kitayama, 1991) では,特に社会的・対人的な側面における有用性を示すことが,CTの獲得促進に繋がりやすいだろう (元吉, 2013)。
 本研究ではCTの社会的・対人的役割について検討するため,批判的な考え方をしたいというCT志向性やCT能力,批判的に考えたことを周囲に表出するかどうかの判断 (CT表出判断) と共感の正確さの関係に着目する。共感の正確さとは,他者の内的感情を正確に読み取る能力 (Ma-Kellams & Lerner, 2016) であり,他者と良好な関係を築くうえでも重要な能力でもある (Mast & Hall, 2018)。共感の正確さを高めるために必要な要素の一つとして,体系的思考の存在が示唆されている (Ma-Kellams & Lerner, 2016)。人の意思決定や推論などの思考は直感的と分析的の2種類システムによって行われているとする二重プロセス理論 (Chaiken&Trope, 1999) の観点から,体系的思考とCTはどちらも分析的という点では類似する思考であると考えられる。本研究ではCTにおいても,先行研究と同様に共感の正確さを高める要因となり得るかどうかを検討する。
 方法
調査参加者 クラウドソーシングサービスの登録者150名 (平均年齢40.6歳,SD=9.80) が参加した。分析には回答に不備のなかった143名のデータを使用した。
使用尺度 クリティカルシンキング志向性尺度 (廣岡他,2001) から他者の存在を想定した社会的CT志向性と他者の存在を想定しない論理的CT志向性37項目,日本語版ワトソングレーザー批判的思考能力テスト (WGCTA; 久原他, 1983) のSM (2) から2題, クリティカルシンキング表出判断項目 (田中・楠見, 2007) から,CTを表出すると効果的とされる場面と非効果的とされる場面10項目を使用した。共感の正確さの測定には,アジア版まなざしから心を読むテスト (Reading the Mind in the Eyes Test (RMET); 吉川・野村他, 2010) 36問を使用した。RMETは,画像の人物の目とその周辺という顔の限られた部分を手掛かりに,その人物の複雑な心理状態を認識する能力を測定するテストである。なお,CT志向性尺度については,探索的因子分析の結果に基づいて項目を分けた。α係数を算出し,いずれの尺度についても許容される水準の係数であることが確認された。社会的CT志向性について他者理解 (α =.80),他者に対する真正性 (α =.75),柔軟性 (α =.60),脱直感 (α =.64),論理的CT志向性について証拠の重視 (α =.80),客観性 (α =.79),決断力 (α =.73),脱軽信 (α =.67) であった。
手続き クラウドソーシングサービスを通して,実験・調査協力を依頼した。実験・調査にはInquisit Webを使用した。調査協力者への負担を考慮し,実験・調査は2回に分けて実施した。
 結果
 CT志向性・CT能力・CT表出判断とRMET得点との関連を検討するため,相関分析を行った。その結果,RMET得点とCT能力 (r = .22,p = .01),CT表出判断の効果的な場面 (r = .38,p = .00) において,中程度の正の相関が見られ,CT表出判断の非効果的な場面において,中程度の負の相関が見られた (r = -.24,p = .01)。さらにCT志向性・CT能力・CT表出判断が共感の正確さにどのように影響するのかを検討するため,説明変数をCT志向性の各下位因子の得点,CT能力得点,CT表出判断の各場面における尺度得点,目的変数をRMETとした重回帰分析をそれぞれ行った。その結果,社会的CT志向性の因子である柔軟性 (β =.343, p = .02),CT能力得点 (β =.218, p = .01),CT表出判断の効果的場面 (β =.390, p = .00),非効果的場面 (β = -.257, p = .00) の共感の正確さに対する有意な影響が認められた。しかし,論理的CT志向性はどの因子についても有意な影響は見られなかった。
 考察
 分析の結果,社会的CT志向性の柔軟性,CT能力,CT表出判断の有意な影響が認められたことから,CTであっても 体系的思考 (Ma-Kellams & Lerner, 2016) と同様に,共感の正確さを高める要因となり得る可能性が示唆された。特に重回帰分析において,社会的CT志向性の柔軟性が有意であることや,CTの表出判断の効果的な場面では正の値,非効果的な場面では負の値を取ることから,共感の正確さを高めるためにはCTの能力の有無に加え,人の多様性を考慮しながら柔軟に思考を変えたり,CTを状況に応じて使い分けていく姿勢が必要であると考えられる。
 本研究で共感の正確さを測定するために使用したRMETは人物の画像を見て感情を判断するものであった。しかし,実際の対人場面ではRMETのような静止画を見るよりも,相手の表情の変化や視線,会話の内容といったより複雑なやり取りが求められる。また,本研究ではCTを実際に行う本人のみに着目している。CTを行う本人が共感的に正確であっても,周囲の人たちがその人に対して必ずしもポジティブに感じているとは限らないだろう。CTの社会的・対人的役割を包括的に検討していくための今後の課題として,本研究で得られた知見が画像ではなく実際の対人場面においても同様に見られるか否かの検討や,CTを行う本人を取り巻く周囲の人に着目した研究を行っていく必要があるだろう。

キーワード
クリティカルシンキング/共感の正確さ/対人関係


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