発表

1A-015

かくれキリシタンの信仰は文化変容か?
Q島の事例から

[責任発表者] 廣瀬 清人:1
1:聖路加国際大学

背 景 1549年,イエズス会のザビエルがカトリックの教えを我が国に伝え,一神教の世界観が初めて知らされた。1613年には幕府によって禁教令が発布され,信徒徒が弾圧された。その後,明治時代にようやく禁教令は解かれた。それ以降,カトリックに戻った人々は潜伏キリシタンと呼ばれている。一方,禁教令が解かれた以降,カトリックに戻らなかった人々がいた。彼らはかくれキリシンタンと呼ばれ,潜伏キリシタンとは区別されている。

目 的 本研究の目的は,長崎県M市Q島で生活するかくれキリシタン信徒の信仰(意味世界)がベリーとサムのモデルによって説明できるか否かを検討することである。そして,適用が困難な場合には,どのような説明が妥当かを探る。
地 理 的 特 徴 ザビエルが布教した頃のM市は国際貿易都市で,南蛮貿易の拠点で,経済的には大変な活況を呈していた。Q島はM市から,それほど離れていない島である。

方 法
【研究協力者】 Q島のA地区,B地,C地区で生活するかくれキリシタン信徒6名が研究協力者であった。
【手続き】 X年8月から(X+2)年8月までの間,4回のフィールドワークを実施した。1回のフィールドワークは1週間程度,M市に泊まり込んでQ島に通った。フィールドワークにおける対象者との面接の所要時間は60~120分/回程度であった。筆者のほかにもう一人の人物が参加し,データ源はフィールド・ノート,映像データおよび音声データであった。

結 果
【J島】 A~Cといった居住地区の相違にもかかわらず,彼らは,M市とQ島の中間に位置するJ島を聖地として意味づけていることが明らかになった。この島は1622年,ダミアン出口が斬首された場所であり,これが,聖地と意味づけられる理由であった。
【祀っている対象】 聖画は独特な絵で,カトリックの視点に立つと,非常に奇妙にみえるものであった。
【他界感】 「あの世」を,どのようにイメージしているのかを尋ねたが,はっきりした回答が得られなかった。しかし,他界感が希薄でないことは葬儀に示されていた。
【葬儀】 信徒の家から死者がでた場合,葬儀は2度実施される。最初は,かくれキリシタン信徒と家族による葬儀である。ここで聖なる名前が授けられた。この間,和尚が別室で待機しており,葬儀が終わると,すぐに経文を唱える。そして,和尚が帰ったあと,信徒は経文の効力を消すオラショを唱える。オラショは口伝えによる聖なる御言葉である。逝去から日数が経過してから,遺骨は石塔(墓)に入り,外から見ると,かくれキリシタン信徒の墓とはわからない。禁教令が解かれてから150年近く経過しているにもかかわらず,彼らは,この手順を頑なに守り続けていた。

考 察
 彼らの信仰は,異文化との接触を経た文化変容なのだろうか。異文化接触のモデルとして,もっとも証拠が収集されているのはベリーとサム(2016)のモデルの態度モデルである。
【サムとベリーのモデル】 焦点1(横軸)は,そのまま,また,焦点2(縦軸)の「移住先の関係」を「取り巻いている社会との関係」と置き換えると,モデルから,彼らの態度は「統合」と考えられた。しかしながら,たとえば,オラショを唱え間違えると,効力がなくなり,最初から唱え直すなどといった行動は,文化の「統合」(態度)から説明することは著しく困難であった。
【バフチンの視点】 ここで,かくれキリシタンの信仰をポリフォニーから考察する。すると,彼らはカトリックの神父からの教えをトルストイ的一神教として受容したのではなく,矛盾をかかえつつ融合しないまま対話が継続する意味世界,すなわち,ドストエフスキー的に受容したと考えられた。したがって,カトリックの視点からみると奇妙にみえた聖画は,むしろ,等身大の絵と考えられた。この事実は,それまでの日本人がもっていた信仰と融合させ,多くの神々のなかの一つとして受け取ったと解釈できる。
【文化併存】 民俗学者の中園(2017)は,安土桃山から江戸初期にかけて唯一の国際貿易,M市において,重層的な信仰世界が形成されていた事実を出発点に,かくれキリシタンの信仰を「併存」と呼んだ。かくれキリシタンの信仰は異文化接触の痕跡を濃厚に残しながら,信仰の併存を示した日本人らしい独自の意味世界であると考察した。
【先祖崇拝】 それでは,禁教令が解かれてから150年近く経過しているにもかかわらず,葬儀を2度繰り返す理由は何だろう。これは文化併存を継続した祖先に対する畏れと考えられる。彼らの信仰には「聖なるものへの畏れ」や「穢れ」の観念が濃厚に残されていた。異文化接触の痕跡が濃厚なだけに,彼らの信仰を神秘的にとらえてしまいがちであるが,その実態は,われわれの一世代前の人々の素朴な信仰のあり方と類似性が非常に高いと結論づけられた。
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引用文献
Berry J.M. & Sam. D.L. (2016) Theoretical Perspectives. In D.L.Sam & J.M. Berry (Eds.), The Cambridge Handbook of Acculturation Psychology. Cambridge: Cambridge University Press.
中園成生 (2017) かくれキリシタンとは何か―オラショを巡る旅 弦書房

キーワード
かくれキリシタン/ベリーとサム/文化変容


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