発表

2B-003

1950年代までの日本における「共感」研究の動向と転換点
1952年 前田論文の提言による転換点

[責任発表者] 中妻 拓也:1
[連名発表者・登壇者] サトウ タツヤ:1
1:立命館大学

 問 題・目 的
 「共感(共感性)」という概念は,一般に知られた概念である。1921年の朝日新聞には「共感同鳴」と言及されているおり,古くから一般に知られた概念であったようである。日本の心理学においてはRogers(1957)のカウンセリングにおける必要十分条件の一つに挙げられたことにより,認知度がより高まったと言えよう。ではRogers以前は日本の心理学において「共感」はどのように扱われていたのであろうか。このような問題意識をもとに,本発表では科学史・科学社会学的な手法を用いて1909年の概念成立以降1950年代までの日本における共感研究の動向を追うことを目的とする。
  方 法
 1950年代までの日本における共感についての研究動向を,心理学研究(心理研究)と転換点としての前田(1952)論文を中心に,整理し,検討する。今回検討した資料一覧をTable.1に示す。
 結 果 と 考 察
 日本の心理学において「共感」が取り上げられたのは,当初は現在のような対人間の現象としてではなく,「共感覚」としての取り上げられていたようである。前田(1952)によれば「共感性の問題は始め共感覚として心理学的又は感官生理学的考究から捉えられた」としている。心理学研究(心理研究)を概観すれば共感についての言及はみられないが,共感覚研究は散見される。一部を挙げると心理研究の「應問」の大槻(1914)の解答に共感覚についての記載がある。大槻(1914)は共感覚を「一定の刺激から相當せる一定の感覺を生ずる際に,-中略- 同時にもつと明瞭な他の感覺を伴ふ事」であり,この感覚を「同伴感覺」と称し「同伴感覺のことを一般に共感覺と云つてゐる」としている。ただし,英訳を「Concomitant Sensation或はSecondary Sensation,或はSynaestheia」としていることから,語源をEinfühlungとする共感について言及しているとは言いがたい。
 他の共感研究としては園(1919)が「感覺の共感的現象に就て」と題された論文を上下の二部構成で発表している。内容は,色彩と音楽,芸術,光に伴って五感の感覚が共起される現象を,共感を用いて説明している。ここで言及される共感は個人内で起こる感覚の共起を指しており,共感覚の説明に近い。また,別の文脈では大場(1928)は「呪術の心理」のなかで,フレーザーの提言した「共感呪術」について触れ,様々な呪術的行為について共感呪術を用いて考察している。共感呪術の言及については,大宮(1943)や築島(1949)にも言及が見られる。現在の共感の概念に近い形での言及としては,城戸 (1928)がマックスシェーラー亡き後の心理学について論考した論文で,マックスシェーラーが提言した同情(Mitgefiihl)の仕方の一つとして,「直接的な共感(Das unnlittelbare Mitgefiihen)」を取り上げており「他人と同じ悲しみを経験するが如き同情」としている。この言及からみるに,心理学における共感という語は,Empathyの訳語として定着していたわけではないようである。共感という語の出現は,小高(1940)や上代(1949)にも見られるが,これは共感についての言及ではなく,他の研究者の意見への賛同という意で共感という語を用いているのみである。ここから考えると,すでに共感は日常的に賛同の意で用いられる語となっている様子が伺える。ここまでの共感研究を概観すると,共感は当初は個人内に起こる共感覚としての検討や,海外における共感についての言及の紹介が多い。
 これらの研究動向の転換点として考えられるのが,前田(1952)による「共感性」研究についての提言であろう。前田(1952)はこれまでの共感性についての検討を概観し,共感性を「共感覚と同義でもなければ,またこれの単なる一般化でもない」として,これまでの共感≒共感覚の研究を否定した。これまでの研究については「共感性の問題に対して依然として古典的構想の残滓を清算しつくしていない」とし,心理学のあり方が共感性の正しい理解を妨げてきたとしている。妨げていた要因として「心理学における要素観」「心理学の生理学に対する不当な依存」「間違った感覚の概念」を挙げている。これらの問題点から前田(1952)は共感性を検討するには「あらゆる機械論的構想を捨て去ることは勿論,同時に物理化学的な有り方をする生理学からの一切の束縛を脱却すること」を要求している。この提言は共感性についての検討の仕方が見直された契機の一つと考えられる。
  引用文献
大槻快尊(1914).應問.心理研究 6(35), 523-527.
園頼三. (1919).感覺の共感的現象に就て (上).心理研究, 15(87), 312-324.
園頼三. (1919).感覺の共感的現象に就て (下).心理研究, 15(88), 394-404.
城戸幡太郎. (1928).逝けるマクス・シェーラーと來るべき心理學の問題.心理学研究, 3(5), 710-717.
前田 嘉明(1952) 生活体と共感性-1-パトス的感覚と共感現象, 東京女子大学論集 2(3), 181-217.
大場千秋.(1928).呪術の心理.心理学研究, 3(5), 607-643.

キーワード
共感/共感覚


詳細検索