発表

3B-001

虚構的二人称の彼方へ
「一般人称理論」からの展望

[責任発表者] 川津 茂生:1
1:国際基督教大学

1. 科学的世界と二人称の喪失
 近代の科学的世界観は,古来より人間が持っていた,自然を通して,自然と同時にそれを越えた二人称的相貌をも見てとる能力を喪失した。それと並行して自然科学が発展し,その結果科学的な心理学も誕生した。自然からの二人称的相貌の喪失は,三人称的な客観的現実のみが確実なのだという一般的合意に基づいていた。そして,三人称的な客観的世界とその中に存在する一人称の主観性のみが基本的考察の対象となった。その際,一人称の主体的自我の存在価値は自明とされながらも,物質的な基盤と比較すれば,それは一種の特殊な形式の存在と見做されたので,その実在の確実性は必ずしも確定されなかった。実際,一人称が三人称の物質世界から派生的現出であれば,その存在の実在性への疑問が生じることを禁じえない。一人称の実在性への疑問が残る中で,自我が自己の存在価値を自由に追求することを承認されても,その価値判断の基盤が本当に確実なのかという疑問もまた残存する。
2. 現代における二人称の復権
 近代科学における三人称と一人称が対立においては,近年まで二人称は単なる付帯事項に過ぎず,自然と世界を理解するための基本的な概念ではなかった。とりわけ,二人称が一人称からの単なる呼びかけとすれば,その実在性は一人称に依存し,実在の確実性は一人称より減少する。
 近年,心理学において,科学的考察の枠組みとして,三人称と一人称の対立の問題が注目され始め,科学的枠組みから二人称が除外されていたことの問題性が指摘されるようになった。そして,新たな枠組みとして,一人称・三人称の対立を媒介する二人称の復権が必要であるという指摘がなされて来た(レディ, 2015)。その際問題は,記述のように,二人称の実在の確実性の脆弱性にある。二人称が一人称からの単なる呼びかけならば,その実在は一種の虚構だと言える。今,三人称の物質世界の実在は確実とし,一人称の主観の確実性も,一先ず承認してみる。それだとしても,二人称は基本的に単なる呼びかけであり,呼ばないならば,それは存在しない。従って,それは実在としては一種の虚構にも見える。何故なら一人称が他者を二人称と認めなければ,二人称は存在しないからである。しかし一人称・三人称の対立問題に調停項としての二人称を導入するなら,それが虚構的二人称であることは容認できない。
3. 虚構的二人称の彼方へ 
 二人称の概念的把握として,川津(2017)は,二人称を呼びかけによって他者に定位するものとしてではなく,自覚において自己が意思的に引き受ける二人称という考え方を提案した。すなわち,自己自身をも,従来一人称的自我と三人称的身体として対立的に捉えられていたのを,自己自身が「先駆的二人称」として把握されて,自己が三つの人称全てを含むものとされた。そこでは二人称は自己の人称の一つと見なされ,呼びかけがなくても,自己の自覚により二人称は存続することになる。
 ところが,自己の二人称の自覚は,他者からの呼びかけを受容する態度を自己に課すことを含意するので,そういった事態が現実に可能なのかが問題となる。他者からの呼びかけを常に受容することは,通常は不可能であり,そういった自己の二人称の維持のためには,自己の一人称を否定することすら時には必要で,それは愛の概念であるアガペーに接近する。従って,自己の二人称である「先駆的二人称」は,アガペーの困難さと同等の困難さを持つのである。従って,虚構的二人称を越えた確実な「先駆的二人称」を確立することは,自己がどのようにしてアガペーに近接し無限の受容性を持った二人称性の自覚に到達するのかという,実存的な課題を開示することになる。
4. 科学的思考を越えていく人称の世界
 このような二人称問題の展開は,科学的心理学が一人称・三人称の対立問題を解決するために二人称を導入することが論理的必然として惹起するものであり,二人称的対面関係を排除して客観性のみを重視して来た科学的方法が,問題の中心で根本的反省を迫られていることを意味している。本来,二人称的対面関係の問題は,自己が他者への受容性をどこまで維持できるのかという実存的決断の問題を含んでいた。しかし,科学的思考はそういった実存的不確実性を排除することでしか確実な知識に到達できないという判断から,その不確実性を捨象して築き上げられたのである。今,科学に対する批判的介入として実存的な決断に基づく二人称性を導入するなら,それは,学問的な確実性が実は科学的思考が排除して来た実存的決断の(不)確実性の問題に遡及しなければ再確立できないという,逆説的な事態を開示する。
 二人称問題の射程は深い。それが行き着く実存的決断の問題は,罪やその自覚の問題をも含む。また人間にはアガペーは不可能であるという理解からすれば,二人称の確実性の探求は宗教的超越の次元にまで到達することになる。
 人間の一人称の問題が,それが三人称と対立した状態では解決できないことから,二人称が導入されたのであった。その方向性が二人称の確実性の問題を導き,さらに実存的決断による二人称的受容の確実性が問われ,ついには超越的な二人称の探求という哲学的課題へと変貌していく有様は,科学的心理学の根本的反省の時代の幕開けを告げる鶏鳴とも言えないだろうか。
引用文献
川津茂生(2017). 『生活と思索 「先駆的二人称」を求めて』 北樹出版.
レディ, V./佐伯胖(訳)(2015). 『驚くべき乳幼児の心の世界-「二人称的アプローチ」から見えてくること-』 ミネルヴァ書房.

キーワード
科学的心理学/確実性/人称


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