発表

1C-002

20世紀初頭におけるわが国への相関係数の導入について

[責任発表者] 椎名 乾平:1
1:早稲田大学

そもそも誰が相関係数を発見したのかについては若干の議論もあるが(椎名 2016 心理学評論;あるいは下記松本の引用文参照),現在心理学で使用されている相関係数がKarl Pearson(1896)に由来すると考えるのに異論は無かろう。
●欧米での状況 米英の心理学者の一部はすぐさまこの新手法に飛びつき現在まで脈々と流れる相関研究が始まった。Wissler (1901) はCattellの精神物理的知能テストと学業成績との間に相関がないのを示し,これに対してSpearman (1904 The proof and measurement of association ..)が信頼性問題を取り上げて反証しようとした。同論文では順位相関係数も提案されている。また同年のSpearman(1904 General Intelligence..)は因子分析法の萌芽である。Thorndike (1903 Educational psychology)でもPearsonやWisslerの研究が注目されている。というわけで相関係数は提案されて7,8年で心理学に大きなインパクトを与えたといえよう。しかしPearson (1896)は易しい論文ではない。Pearson自身は解説書等を書かなかったので,高弟Yuleの本(1911 An introduction to the Theory of Statistics) やBrown (1911,The essentials of mental measurement)などが,相関係数という新手法を誰にでも使えるレベルまで普及させるのに必要だったようである。
●日本への導入 ところで,日本(あるいは日本の心理学)への相関係数の導入はどのような経緯を辿ったのであろうか? 本研究では20世紀初頭における相関概念の浸透について調べた。以下,原則として相関の「概念」と「数式」両方が現れる研究を挙げた。もちろんすべてを網羅しているわけではないので見落としがあればご容赦いただきたい。
●導入初期混乱期 調べえた限り,最初に相関を紹介したのは槙山栄次(1910 教授法の新研究 p.39)のようである。ここではPearsonの公式が挙げられている。一方,上野陽一(1913 相關法に依る知能等級の檢査 教育學術界 27 p.43)はSpearmanの順位相関係数を紹介している。槙山・上野とも文献や人名を引用していない。松本亦太郎(1914 実験心理学十講 p.346)では「相互関係の度を間接に確定するを得る為めに仏国のブラヴェー,英国のガルトン及ピーヤソン,米国のスピーヤマン等の学者は種々工夫を凝らし,遂に相関係数と称するものを得る数学的公式を定むるに至った。」と学史的紹介が行われている。ただし,米国のスピーヤマンというのは英国の誤りである。中島泰蔵 (1915 個性心理及比較心理 p.175)ではSpearmanのFoot ruleと呼ばれる順位相関係数が紹介されている。ちなみにSpearman (1904,1906)は3種類の順位相関係数を提案しているが,Foot ruleはその中の一つであり計算量はもっとも少ない。上野陽一 (1916 学校児童精神検査法指針)ではこんどはPearsonの公式が用いられている。この頃はYuleやBrownなどで皆勉強中の時代であったようである(日本における統計学の発展 佐藤良一郎 1980)。
●充実期 村瀬雄平(1917 智能の遺伝),古賀行義(1918 智能相関の研究)は本格的な相関研究であり,特に古賀行義は数年後Karl Pearsonのもとに留学し,Galtonの残したデータを解析しその結果がBiometrikaに載るという本格派である(Koga & Morant 1923 Biometrika 15)。村瀬・古賀は松本亦太郎門下であり,古賀本における松本序文に1914年から相関研究を松本研究室の課題としたとある。同時期の土井壯良(1918 相關系數について(下) 心理研究 13)では,回帰直線の議論が行われている。心理学での相関係数の普及はこの時代のメンタルテストの流行と同期している。その後 楢崎浅太郎(1924 選抜法概論),松本亦太郎(1925 智能心理學),淡路円治郎(1929 材能研究)といった本格的差異心理学研究に進んで行く。
●数理統計学の発展(数学化)上記の研究では相関係数の数理的・確率論的解明はあまりなされていない。しかし,相関係数はそもそも2変量正規分布のパラメーターなのだから,数理的側面は無視できないはずである。数理統計学といってよい研究は理学士である森による(森数樹 1920 一般統計論)が端緒であろう。森はcorrelationを「交聯」と訳している。この訳語は藤沢利喜太郎に由来するという(佐藤 1980 前掲)。この本はYuleの前掲書の抄訳であり2変量正規分布の式や立体図も登場する。
 その後,数学者の著書としては小倉金之助(1925 統計的研究法),佐藤良一郎(1926 統計法概要 : 教育的測定)が光る。豊富な例と的確な記述で現在でも通用しそうである。両者とも,他の統計書のクックブック化を批判し始めている。「今日の統計法を理解して,正当に活用することを得るためには,方法の重要なる支柱をなしているところの数学に対する理解を,高めねばなりません。でなければ,まったく猫に小判であり,又生まなかの理解に基いてこれを応用すると,子供に正宗の名刀を持たせたようなもので,危険至極といはねばなりませぬ。」(佐藤,p.4)。現在でも通用する指摘であろう。
●他分野での動向 心理学者にはあまり知られていないが,杉亨二が創始し呉文聰,高野岩三郎らが発展させた社会科学系の統計学(主として国勢調査・経済統計などの官庁統計を扱う)が19世紀から存在し権威をもっていた。高野岩三郎の東京帝大での統計学講義録(1919)にも相関という言葉はあったがPearsonの相関とは異なり社会学者Tönnies由来のものであった(上藤一郎 2013 高野岩三郎の統計学講義録 ⑶ 静岡大学経済研究)。また,数は多くないもの林学や農学には相関・回帰を用いた労作がある(佐々木靍蔵 1918 米作予想の計算法 重回帰分析も登場する)。
 以上とはまったく別系統のものに軍事系の確率統計論があり(公算学と呼ばれる),陸軍砲工学校(1903 砲兵学読本 巻之3(射撃公算))では2変量正規分布を用いた確率が扱われている(相関係数に言及はない)。時代的にはもっとも早いが,民間分野と交流はなかったようである。

キーワード
相関係数/歴史/日本


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