発表

3B-090

身体部位を通した冷感の操作が道徳的意思決定に与える影響

[責任発表者] 須藤 竜之介:1,2
[連名発表者・登壇者] 請園 正敏:3, 高野 裕治:4, 中嶋 智史:5
1:九州大学, 2:日本学術振興会, 3:理化学研究所, 4:東北大学, 5:広島修道大学

目 的
 かつて倫理学や哲学の分野であった道徳的判断は,近年心理学や神経科学での検討が進みその意思決定過程の詳細が明らかにされつつある(e.g., Greene et al., 2001)。その一方で,環境や状況といった道徳的判断に影響する要因についての検討はあまり進んでいない。生命にかかわる緊急の判断が必要な場面で人々が平常時と同様の状況にいるとは考えにくく,現実場面での人々の道徳的判断の実態を解明するためには,環境等の要因の影響を明らかにすることが必要である。
 これまでの研究から,温度が道徳的な意思決定に影響することが示唆されている。例えば,Nakamura et al. (2014)では,冷温の持続するスカーフを首に巻き冷たさが知覚されることで,他者の命に関する選択を行うモラルジレンマ課題で功利主義的判断が促進されることが示されている。そして,須藤ら(2018)では,室温を操作することで環境としての温度の影響を検討した。その結果,冷温環境下では先行研究と同様に功利主義的判断が促進されることが明らかにされた。しかしながら,須藤ら(2018)で確認されたこの現象がNakamura et al. (2014)をはじめとする身体部位を通して直接冷たさを知覚させていた従来の研究とは異なる,純粋な環境としての温度の影響によるものであるかは不明である。そこで,本研究ではこれまでの研究と同様に身体部位を通して冷感の操作を行い,さらにその面積と強度も操作することで,冷温が道徳的判断に与える影響の詳細を検討する。

方 法
 参加者 広島の大学生82名(女性52名,男性30名)が参加した。
 実験条件 実験課題中の参加者の温度感覚を冷温の持続するパッドを用いて参加者間で操作した。参加者は実験課題中に,額,首,左手の三ヶ所にパッドを装着した。実験条件は,首のパッドのみ冷却されたものを用いた一部位条件,すべてのパッドが冷却されている三部位条件,そしていずれの部位のパッドも冷却されていない常温のものを用いた統制条件の3条件である。実験室の温度は24℃で統一した。
 実験課題 Christensen et al. (2014)の修正版モラルジレンマ課題を日本語に翻訳したものを用いた。モラルジレンマ課題とは,参加者に他者が生命の危機に瀕している複数の状況場面を呈示し,多数を助けるために一人を犠牲にすることが適切か否かを判断させる課題である。本実験では全48 問の課題から16 問を選抜して使用した。
 手続き PC のモニタ上に他者の生命の危機に関するモラルジレンマ状況について描写された文章を呈示し,参加者にそれぞれの場面において1 人を犠牲にして多数を救うかどうかを7 件法(1:1 人を犠牲にしない(義務論的判断) 〜 7:1 人を犠牲にする(功利主義的判断))で回答するよう求めた。
結 果
 実験条件の操作チェックとして実験課題前に測定した主観的な部屋の冷たさおよび身体の冷たさ評定に対して,実験条件を参加者間要因とした1要因分散分析を行った(Figure 1)。その結果,身体の冷たさにおいて実験条件間に有意差がみられ(F(2, 79) = 14.52, p < .001),冷却部位の増加に伴い主観的な身体の冷たさの知覚が高まっていた。部屋の冷たさではなく,身体に関する冷たさの評定にのみ実験条件の影響が確認されたことから,冷感の操作は適切に行われたといえる。次に,ジレンマ課題の道徳的判断に対して実験条件を参加者間要因とした1要因分散分析を行った(Figure 2)。その結果,実験条件間に有意差はみられなかった(F(2, 79) = 0.44, p = .65)。先行研究でみられた冷感が功利主義的判断を促進する効果は確認されなかった。道徳的判断と主観的な部屋の冷たさ,身体の冷たさ,快適さの各評定との相関分析を行ったところ,三部位条件において道徳的判断と快適さに有意な負の相関がみられた(r = -.41, p < .05)。

考 察
 本研究では,身体部位を通して直接温度の知覚を操作することで冷温が道徳的判断に与える影響の詳細を検討した。その結果,参加者は実験課題中冷たさを知覚し,冷却部位の増加に伴いその強度も高まったが,いずれの条件でも冷温の影響は確認されなかった。このことから,須藤ら(2018)で確認された冷温の効果は,単純に身体部位が冷やされる面積やその強さによって引き起こされたのではなく,室温のような身体を取り囲む空間としての環境の文脈でのみ有効であることが示唆された。また,実験条件の効果は確認されなかったものの,もっとも冷たさの強度が高かった三部位条件において道徳的判断と主観的な快適さとの間に負の相関がみられた。須藤(2018)でも同様の傾向が確認されていたことから,冷温の効果にはストレスのような指標が媒介しており,身体部位での冷感の操作のみではその効果を引き起こすのに十分ではないが,嫌悪感情やストレスに関する生理的状態が閾値を超えることで室温と同様の効果が生じる可能性が考えられる。

キーワード
温度/道徳/意思決定


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