発表

1C-075

立腰イスが講義視聴時の重心動揺に及ぼす影響

[責任発表者] 菅村 玄二:1
[連名発表者・登壇者] 山本 佑実:1, 福市 彩乃:1, 村上 祐介:2, 加戸 陽子#:1
1:関西大学, 2:桃山学院教育大学

 目 的
 日本の教育場面では,古くから経験的に「姿勢を正す」ことの意義が強調されてきた。京都学派の教育哲学者である森(1983)は,腰を入れて背筋を伸ばす「立腰」が,禅をモデルにした自己確立のための修養法であり,教育に導入する必要性を説いている。心理学でも,ネガティブな気分の際に姿勢が前屈みになるだけでなく,実際に前屈姿勢をとることによって抑うつ気分が増し,ワーキングメモリの活性の程度が低下することなどがいくつもの基礎研究で判明している(菅村,2016 for a review)。
 春木らは,心理学の姿勢研究の延長として,自然と腰が立つようにサポートする「立腰イス」を開発し,それを小中学校に導入し,その効果を検証してきた。たとえば,小学5年生を対象とした研究では,立腰イスに座ると,通常の学習イスと比べて,イライラが減り,落ち着きが増したと自己報告し,教師からの評価でも児童のやる気や集中力,持続力が向上した(春木他,2006)。特筆すべきは,学年にかかわらず,通常イスでは普段と同じ気持ちで,気分はニュートラルであるのに対して,立腰イスではリラックスして落ち着いた気分になると同時に,イキイキとした元気な気分を示したことである(Sugamura et al., 2016)。
 さらに,中学生を対象とした観察研究(菅村他,2018)では,授業時の体動として,躯幹の傾斜,回転,後傾,後者として脚の曲げ伸ばし,脚組みを抽出し,立腰イス条件と通常イス条件で比較した。イス間で大差はなかったが,体動が顕著だった生徒に焦点を当てて,体動時間を分析したところ,通常条件では88%だったが,立腰条件では48%と短かった。
 フィールド観察研究では,細かな体動や体勢の変化に伴う姿勢の変動を抽出することが難しく,また体動数と体動時間が反比例する場合もあり,体動の新たな指標が望まれる。そこで,体動をより定量的かつ一元的に計測する方法として,フォースプレートを用いることを考えた。本研究では,立腰イスと通常イスを用いて,模擬的な授業場面で,どのような重心変化が生じるか,基礎的なデータを得る。

 方 法
 参加者 身体の平衡機能に問題のない,関西圏の高校・大学・大学院生11名(男性5名, 女性6名)が参加した。
 椅子 統制条件(通常イス):生徒用イス(コクヨ株式会社,SCH-NFU6GN),実験条件(立腰イス):立身出世椅子(岡政椅子製作所,春木チェア)。
 講義 大学の公開講義の動画から抜粋した約9分間×2本。
 重心動揺計 動的バランス評価システム(スポーツセンシング株式会社,SS-FP40AO-SY)を使用し,1000Hzで測定した。プレートと同じ高さのボードで周囲を囲み,イスはプレート上に,足はボード上に載せた状態とした。
 
 質問紙 気感尺度(落ち着きやシャキッとした感じなど自作の7項目7件法),菅村・山本(2014a,2014b)のToronto Mindfulness Scale日本語版(13項目4件法),講義評価(興味や疲労など自作の6項目5件法)などにより構成された。
 手続き 参加者は,最初に気感尺度に回答し(ベースライン),Sustained Attention to Response Task(SART)を1分間練習した。次に,5分間,黙想を行い,気感尺度とTMS-Jに回答した。そして,SARTを行い,課題時の心理状態について回答した。その後,講義ビデオを視聴し,講義を評価した。この手続きを通常イスと立腰イスで順番を入れ変えて繰り返し,カウンターバランスした。なお,黙想とSARTは,この実験の後に続いたマインドフルネス時のイスの効果やマインドワンダリングへの影響も併せて検討するために導入したが,本結果には直接影響しないため,本報告では扱わないものとする。

 結果と考察
 講義視聴時に居眠りをした女性1名を除いた10名を分析対象とした。通常イスと立腰イス条件で,重心動揺各指標について,参加者内t検定(両側検定)を行った。その結果,総軌跡長,矩形面積,外周面積,動揺中心変異(左右方向)に有意差は見られなかったが,実効値面積に関しては,通常イス(M = 1.05, SD = 1.06)に比べて,立腰イス(M = 2.37, SD = 2.87)のほうが大きい傾向にあった(t[9] = 1.83, p < .10, d = 0.58)。これは,姿勢(体動)の変動の大きさについては,イス条件間で違いは認められないが,立腰イスでは平均的な姿勢の揺れ幅が増すことを示している。
 一方で, 単位軌跡長は,通常イス(M = 35.20, SD = 14.46)よりも立腰椅子のほう(M = 33.24, SD = 14.02)が短く(t[9] = 2.52, p = .033, d = 0.80),単位面積軌跡長も,通常イス(M = 9833.11, SD = 9261.12)よりも立腰イス(M = 4422.72, SD = 3682.17)のほうが短かった(t[9] = 2.78, p = .021, d = 0.88)。また,動揺中心変異(前後方向)も,通常イス(M = -5.69, SD = 1.51)よりも,立腰イス(M = -3.56, SD = 1.60)のほうが小さかった(t[9] = 3.61, p = .006, d = 1.14)。つまり,立腰イスでは,姿勢の前後の動き全般と早い揺れが抑制され,揺れがゆっくりとなったことを意味する。
 姿勢の「勢」の字が表すように,姿勢はダイナミックなプロセスであり,静止が理想的な状態ではなく,ある程度の揺らぎがあってこそ姿勢制御が成立する。その点で,立腰イスは姿勢の平均的な揺れは大きくなる傾向があるが,細かな早い揺れが抑えられ,ゆったりとした体動になることを示唆しており,先行研究ともおおむね一致する結果といえる。スペクトル解析などの動的プロセスの分析や,参加者の注意制御特性との関係などが今後の課題である。

キーワード
姿勢教育/体動/身体心理学


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