発表

3EV-051

アルツハイマー病の病態進行に伴う知覚的意思決定過程の変化−LBAモデルを用いた計算論的アプローチ−

[責任発表者] 菅原 通代:1,2
[連名発表者] 中村 昭範#:2, [連名発表者] 加藤 隆司#:2, [連名発表者] 片平 健太郎:1
1:名古屋大学/国立長寿医療研究センター, 2:国立長寿医療研究センター

目 的
 アルツハイマー病 (Alzheimer's disease: AD) は進行性の神経変性疾患であり,認知症の代表的な疾患である。ADの症状は,記憶・思考・行動など広範な認知機能の障害として顕在化する。事実,初期のAD患者でも注意課題においては健常高齢者より反応時間が遅く,正答率が低くなることが報告されている (Duchek et al., 2009)。
 ADに関連する病理は症状が顕在化する数十年前から始まっている。しかし,顕在的な症状が認められない前臨床段階において,AD病理がどのような認知機能にどの程度影響を与えているのかは十分に分かっていない。数十年かけて潜在的に進行するAD病理が,潜在的な認知過程に与える影響を明らかにすることは,認知機能障害のメカニズムを理解する上で重要である。特に本研究では,前臨床段階から蓄積し,ADの発症と強い関連性が示されているアミロイドβ蛋白に着目した。本研究の目的は,アミロイドβの異常蓄積というAD病理, が単純な知覚的意思決定課題における潜在的な認知過程に与える影響を,計算モデルを用いて検証することである。反応時間と正答率に基づく意思決定の計算モデルは,潜在的な認知過程の機能について定量的評価を可能とする。本研究では,計算過程がシンプルであり,様々な意思決定場面に拡張可能なLinear Ballistic Accumulator (LBA) model (Brown & Heathcote, 2008) を用いた。
方 法
本研究では脳内アミロイド蓄積病理の影響を検討するために,PiB-PETによる脳内アミロイド異常蓄積の有無量の評価に基づき対象者の選定を行った。対象者は,蓄積陽性のAD患者 (AD+) 12名,軽度認知障害者 (MCI+) 18名,認知機能正常高齢者 (CN+) 10名に加え,蓄積陰性の認知機能正常高齢者 (CN-) 47名,計87名 (男性36名,女性51名,平均年齢71.06 ± 5.78歳) であった。
反応時間と正答率の計測は,知覚的判断に基づく意思決定課題であるRolling bar taskを用いた。対象者は,試行毎に画面に示された棒が左右どちらに回転しているのかを,できるだけ速くボタン押しで答えるよう求められた。
反応時間の計算モデルであるLBAは,人間の判断プロセスについて,開始点から答えに至るまで情報に対するエビデンスが逐次的に蓄積し,閾値に到達した時点で判断がなされると仮定している。計算はStanを用いてLBAモデルの個人パラメータ(Start point, Relative threshold, Non-decision time, Drift rate) を階層ベイズ法により推定した。反応時間・正答率については,年齢を共変量とした4群間の共分散分析により比較し, LBAパラメータは,事後分布の差を確信区間 (95%HDI) を用いて比較した。本研究は実施施設の倫理・利益相反委員会の承認を受け,全対象者から書面でインフォームド・コンセントを得た上で行われた。

結 果
 正答率に群間差が認められない一方で (F(3,82) = 1.08, p = .36),反応時間には有意な群間差がみとめられた(Figure 1左; F(3,82) = 5.43, p = 1.86×10-3)。AD+はCN-とMCI+よりも反応時間が有意に遅く (ps < .045), CN+と比べても遅い傾向にあることが示された (p = .074)。LBAパラメータは,Drift rateに差がみとめられた。各群の事後分布を確認したところ,CN- (95%HDI = [4.98, 6.05], mean = 5.55),CN+ (95%HDI = [4.52, 5.77], mean = 5.13), MCI+ (95%HDI = [3.55, 4.66], mean = 4.15), AD+ (95%HDI = [3.42, 4.34], mean = 3.88)であった。この結果から95%HDIに重複がないAD+とCN±の間,MCI+とCN-の間に差があると言える。
Fig 1. 各群の反応時間とDrift rateの事後分布の平均値
** p < .01, * p < .05, †p < .10 (チューキー法による多重比較補正後)

考 察
 反応時間の遅延がAD+でのみ示されていることから, 運動視知覚の認知機能低下が顕在化するのは病態がかなり進行した後という考えが支持される。一方,, 判断のために必要な情報を蓄積する速度であるDrift rateは,病態進行に従って低下することが示唆された(Figure 1右)。また,AD+はCN+とCN-に比べ,MCI+はCN-に比べてDrift rateが遅いことから,アミロイドβの異常蓄積というAD病理が, 少なくともMCIの段階で潜在的な認知過程に影響を与えることが示された。この結果は,行動には顕在化しないが,自身の感覚に違和感を覚え始めるMCI段階の患者の主観報告とも一致する。将来的には脳内アミロイド蓄積と計算モデルに基づく潜在的パラメータの関係性を,定量的に評価することが望まれる。

引用文献
Brown, S. D., & Heathcote, A. (2008). The simplest complete model of choice response time: Linear ballistic accumulation. Journal of Cognitive Psychology, 57, 153-178.
Duchek, J. M., Balota, D. A., Tse, C. S., Holtzman, D. M., Fagan, A. M., & Goate, A. M. (2009). The utility of intraindividual variability in selective attention tasks as an early marker for Alzheimer's disease. Journal of Neuropsychology, 23(6), 746-758.
Voss, A., Rothermund, K., & Voss, J. (2004). Interpreting the parameters of the diffusion model: An empirical validation. Memory & Cognition, 32(7), 1206-1220.

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