発表

2AM-046

交通事故被害者における心理的苦痛の影響要因

[責任発表者] 藤田 悟郎:1
[連名発表者] 上田 鼓:2, [連名発表者] 栁田 多美:3, [連名発表者] 岡村 和子:1, [連名発表者] 小菅 律:1
1:科学警察研究所, 2:警察庁, 3:大正大学

目 的
 トラウマティックな出来事を体験した人の大部分は,心理的苦痛からの自力での回復が可能であり,その回復過程において,心理的あるいは精神医学的な支援を必要とする人は,限られた一部であるとされる (c.f., Bonanno, 2004)。例えば,欧米の研究では,交通事故被害者のうち,PTSD(posttraumatic stress disorder)を発症するのは8%から25%とされる (Blanchard & Hickling, 2004)。我が国における交通事故の被害者は,重傷者だけでも年間約3万7千人である。交通事故体験後の回復過程の個人差を明らかにした上で,多くの交通事故被害者の中から支援を必要とする人を,できるだけ早期に特定する必要がある。
 本研究では,交通事故後の間もない時期(事故体験1ヶ月前後)から1年後までの追跡調査によるデータに基づき,交通事故被害者の心理的苦痛に影響する要因を調べた。

方 法
 対象者と手続き 交通事故の調査機関(公益財団法人交通事故総合分析センター)が,茨城県つくば地区で行っている事故例調査の対象となった事故の中から,交通事故で負傷した人を対象に自記式の質問票による調査を行った。事故の日から平均して40日後に初回調査を行い,1年後に追跡調査を行った。初回調査では73人に調査を依頼し,82%にあたる60人から回答があり,追跡調査では,対象者の64%にあたる32人から回答が得られた。初回調査の時点での対象者の平均年齢は47.1歳,女性の割合は58%であった。
尺度 心理的苦痛のうち全般的な精神的苦痛をK6 (Kessler Psychological Distress Scale) の6項目により,PTSDの症状をIES-R (Impact of Event of Scale Revised) の22項目により,それぞれ測定した。心理的苦痛の影響要因として,情緒的サポートを社会的サポート尺度(Multidimensional Scale of Social Support) の短縮版の12項目により,レジリエンス(自己効力感と自己と人生の受容)をレジリエンス尺度 (Resilience Scale) の短縮版の14項目により,周トラウマ期の反応(恐怖や無力感)をPDI (Peritraumatic Distress Inventory) から抜粋した4項目により,それぞれ測定した。

結 果
表1に,尺度間のピアソン相関係数を示す。初回調査において,社会的サポートと心理的苦痛との間には,相関がほとんどみられず,追跡調査において,両者の間には正の相関があった。初回調査と追跡調査の両方において,レジリエンスは心理的苦痛と負の相関があったが,追跡調査における両者の相関係数は,より小さかった。初回調査時に測定したレジリエンスと追跡調査で測定した心理的苦痛との間には相関が見られなかった。周トラウマ期の反応は,初回調査,追跡調査とも一貫して心理的苦痛との間に正の相関があった。
 なお,本研究では,収集が完了して分析可能であったデータが比較的少なかったため,特に追跡調査において,統計的に有意であった相関係数は少なかった。

考 察
 仮説に反して,社会的サポートと心理的苦痛との間に正の相関が見られたのは,苦痛が大きい人ほど,周囲の人を精神的に頼りにしているということかもしれない。レジリエンスは,事故後の間もない時期においては,精神的苦痛を弱める影響がより大きいと考えられるが,時間が経過するとその影響は弱くなると考えられた。一方で,周トラウマ期の反応は,いずれの時期の調査においても,明確な影響要因であった。これは,PTSDの生物学的な機序のモデルと一致している。
 事故や事件の被害者を対象とする研究は,横断的なデータの分析によることも多いが,本研究の結果は,同じ人の同じ要因であっても,時期によりその影響が変化することを示しており,追跡調査のデータが重要であることを示唆している。

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