発表

1PM-030

先天性盲児はいかにして見えない自分に気づくのか ー「見て」という発話行為の変遷をたどって

[責任発表者] 能智 正博:1
[連名発表者] 園部 愛子#:1, [連名発表者] 片山 皓絵#:1, [連名発表者] 眞柄 翔太#:1, [連名発表者] 沖野 昇平#:1, [連名発表者] 風間 菜緒#:1, [連名発表者] 広津 侑実子#:1
1:東京大学

問題と目的
 自分のもっている特徴に気づくことは,自己像を作り上げ主体価値を発展させるための基礎である。「障害」はそうした気づきを困難にすることがあるが,先天性の盲児も自分の視覚障害について直接気づくことは難しい。にもかかわらず,彼らも成長に伴って,視覚に関わる言葉(色名,「見る」等の動詞)を使えるようになるし,自分のことを「目が見えない」と自己記述できるようになる(Perez-Pereira, et al., 1999)。
 今回の研究では,ひとりの盲児を対象に,視覚に関わる言葉である「見て」がどのような意味として用いられるかに注目し,その発達過程を検討する。そのなかで,そうした言葉に対応する体験が自分には欠如していることを繰り込んだ言語使用がどのように始まるのかを考えてみたい。ディスコース分析の観点からすると,言葉の意味とは語り手に内在するのではなく、その用法にほかならない(Wiggins, 2017)。今回は,幅広い文脈にも目配りしつつ,発話行為として盲児の発話をとりあげ、その変遷をたどった。
方 法
 対象児K: 晴眼の両親のもとに生まれた女児。両眼ともに視神経が低形成で,わずかな光覚があるのみだが,5歳頃には,「自分は見えない」「見たい」等の言葉が出始める。
 映像データ: Kは1歳2ヶ月より6歳7ヶ月まで,Bリハビリセンターにて療育を受けている。療育は概ね1ヵ月おきに53回行われ,各セッションはおよそ1~1.5時間だった。セラピストのほかMoや保育士も同席した療育の様子は、記録の一助として録画された(総計約80時間)。
 手続き:ビデオ映像における会話をすべて文字起こしし,その上で,「見る」に関わる発話が現れるやりとりを,その文脈も含めてすべて抜き出した。個々の発話の分析・解釈においてはディスコース分析と会話分析の視点(Wiggins, 2017)を参考にし,ビデオ映像も見ながら微視的分析を行った。
 今回は「見る」関係の発話のなかで最も頻度が高く,周りの人とのやりとりにも関係している,命令文の「見て」、「見てて」について集中的に分析した(エピソードの総数は136)。
結 果
 「見て」,「見てて」の出現の頻度は,2歳時までは1セッション平均1回以下と少ないが,3歳以降に高まり,4,5歳になると平均4~5回になる。それ以上に顕著なのは,以下に示す言語使用方法の質的な変化である。
 1歳11ヶ月:玉を転がして音を出す玩具に玉を入れながら,近くに居るMoに対して,「ママ,見て」と言う。「見て」-「見てるよ」-行動-(賞賛)というパターン化された連鎖のなかで用いられることが多く,「見て」はその連鎖を導く契機を提供している。ただ,このときKの身体はもっぱら行為に向かっており,周囲に注意が向けられる様子は認められない。
 3歳10ヶ月:果物の模型を箱からとりだしながら,保育士のUに対して「U,見て」と言う。このとき発話と同時に,すでに声で位置を推測していたUのいる方向に,一瞬はっきりと顔と身体を向ける(図1)。
 5歳8ヶ月:両手を組み合わせて形を作り,Moに見せようとするが,Moが返事をしないので,「見て」を繰り返す(「修復」の試みの例)。その後,「ママ,見て」と言いつつ,体幹をMoのいる方向に向け,組み合わせた手をMoの方向に伸ばす(図2では右上方向)。
 5歳11ヶ月:Yに見せるためにテーブル上に広げていた小さな模型を,Kが手探りで箱にしまう。その後,Moに対して「全部か見て」と言って確認を依頼する。
考 察
 「Kの行為-周りからのほめ(「すごいねえ」等)」の連鎖は,1歳時より繰り返し認められるが,発話行為の「見て」は,そうした快感情に繋がる連鎖をK自身が引き出そうとして,他者に対する注意喚起を目的に生じたものである。これは特に,「見る」に伴う視覚的な体験の理解を必要条件とするものではない。
 成長とともに,Kはその連鎖の進行をいっそう確かなものにするために「見て」の前後で非言語的な行動を付随させるようになる。結果的に,晴眼者の視覚体験の特徴を反映したような行為が相互作用連鎖に組み込まれる。
・「見てるよ」が返って来ないと何度も「見て」を反復する行為は,3歳頃にすでに生じている。
・「見る」相手の方に顔を向けて注意を引こうとしたり,見せるべき対象を相手がいると考えられる方向に近づけたりする非言語的な行為も見られるようになる。
 「見て」もらう対象は次第に,運動感覚等で確認できる自分の行為を超えて広がり、直接確認できないものにまで対象が拡張したとき,相手の注意喚起を促すものだった「見て」が,自分にはできない確認を依頼するものになる。そうした言語使用の延長線上に、「見る」という行為ができない自分への気づきが生じると考えられる。
引用文献
Perez-Pereira, M. & Conti-Ramsden, G. (1999). Language Development and Social Interaction in Blind Children. Psychology Press.
  Wiggins, P. (2016). Discursive psychology: Theory, methods and applications. Sage.

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