発表

3PM-078

顔の識別能力の発達と可塑性

[責任発表者] 上野 将敬:1
[連名発表者] 山本 寛樹#:2, [連名発表者] 山田 一憲:1, [連名発表者] 板倉 昭二:2
1:大阪大学, 2:京都大学

目的
 動物が集団を形成し,継続的に他個体と交渉するためには,それぞれの個体を識別する能力が必要となる。ヒトを含む霊長類は,顔を手掛かりとして個体を識別することができる。
 顔による個体識別能力は,経験の影響を受けて精緻化されていく。ヒトの乳児は,生後6か月齢の時点では,他種や他人種といった幅広いカテゴリの顔を識別することができるが,9か月齢を過ぎると,見る機会の多い顔の識別に特化していき,他のカテゴリの顔の識別は難しくなる (Pascalis et al. 2002)。このように,生後1年間に,顔を見る経験を重ねることによって,顔の識別能力が形成されていくと考えられている。他方で,成人になった後は,顔を見る経験が多くても,顔の識別能力は向上しないという研究がいくつか報告されている (Tree et al. 2017)。乳児期に比べると,成人後は,顔の識別能力の可塑性が低いのかもしれない。
 霊長類研究者は,通常,成人後にサルの顔を見る経験を積むことによって個体識別能力を獲得している。霊長類研究者は,他の成人よりも顔の識別能力が高いのだろうか。本研究では,乳児期と成人後における顔の識別能力の発達過程度と柔軟性を検討するために,6か月齢児,12か月齢児,霊長類研究者,その他の成人を対象として,人間とニホンザルの顔を識別することができるかを検討した。

方 法
【実験1】
京都大学赤ちゃん研究員制度に登録している6か月齢児と12か月齢児を対象に実験を行った。対象となる乳児は,保護者の膝の上に座り,ディスプレイ画面に提示される映像を観察した。ディスプレイには,斜めを向いた成人女性,あるいはニホンザル成体メスの顔画像を繰り返し提示した (慣化試行)。その顔画像が消えた後に,その個体と同一個体の正面顔画像と新奇な個体の正面顔画像を並べて提示した。その際に,対象の乳児が新規個体の画像に対して,新規選好を示すのかどうかを検討した。視線の計測は,TobiiT60によって行われた。

【実験2】
 日本各地の研究機関に勤める霊長類研究者のうち,ニホンザルを延べ30頭以上識別した経験を持つ成人を対象とした。また,霊長類研究者と比較するために,大学に在籍する成人参加者を対象とした。参加者は椅子に座り,ディスプレイ上に提示される映像を観察した。ディスプレイには,斜めを向いた成人女性,もしくはニホンザルの顔画像が1枚提示される。その顔画像が消えた後で,同一個体の正面画像と新規個体の正面画像が左右に並べて表示された。その際に参加者は,どちらの写真の個体が,先ほど提示された個体であるのかをキーボードで選択した。その時の正答率を算出し,霊長類研究者とその他の成人で違いがあるかを検討した。


結 果
【実験1】
6か月齢児では,ニホンザルでも成人女性の顔でも,慣化個体の画像の注視時間と新規個体の画像の注視時間には,有意な違いは見られなかった。12か月齢児では,成人女性の顔については,慣化個体の画像に比べて,新規個体の画像の注視時間が有意に長くなっていた。しかし,ニホンザルの画像では,そのような傾向は見られなかった。

【実験2】
霊長類研究者でも他の成人であっても,偶然により期待される確率よりも有意に高い割合で,慣化個体の画像を選択していた。しかし,慣化個体の画像を選択する割合は,霊長類研究者の方が,他の成人に比べて有意に高くなっていた。


考 察
6か月齢児では,人間の顔でもニホンザルの顔でも明らかな新規選好は見られなかった。しかし,12か月齢児では,人間の顔にのみ新規選好が見られ,人間の顔を識別する能力を持っていることが示唆された。人間は,生後1年間に,同種・同人種の顔を見ることによって,角度の異なる顔であっても,同一個体の顔であると認識できるようになるのかもしれない。また,成人を対象とした実験2では,霊長類研究者は,他の成人に比べて,高い精度でニホンザルの顔を識別することができていた。以上2つの実験結果から,人間の顔を識別する能力は,生後1年間の経験の中で精緻化されていくが,成人になった後であっても,異種動物の顔を見る経験を積むことによって,異種動物の顔識別能力が向上することが示された。


引用文献
Pascalis, O., de Haan, M., & Nelson, C. A. (2002). Is face processing species-specific during the first year of life. Science, 296, 1321-1323.
Tree, J. J., Horry, R., Riley, H., & Wilmer, J. B. (2017). Are portrait artists superior face recognizers? Limited impact of adult experience on face recognition ability. Journal of Experimental Psychology: Human Perception and Performance, 43, 667-676.

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